ユダ11
わざわいだ。彼らはカインの道を行き、利益のためにバラムの迷いに陥り、コラのように背いて滅びます。
その① カインの道
ユダは、教会に忍び込んできた「ある者たち」について書いています。
ユダは「信仰のために戦うように」と勧めるために、この手紙を書きました。
聖徒は、3つのことと戦わなければなりません。
まず、一つ目は「カインの道」です。
「カインの道」とは何でしょう?
それは「自分のやり方で神への道をつくること」です。カインの道とは「人を中心とする道」です。そして、その道は「死の道」です。
カインは、世界で最初の「宗教家」などと呼ばれます。彼は「信仰」ではなく「自分の方法」で神に近づこうとしたからです。世の中の宗教はみな「自分の考えたやり方で、自分の考えた神」に近づくものです。
カインとアベルの最も大きな違いは、そこに「信仰」があったかどうかです。
アベルは「信仰」をもって神に献げました。しかし、カインはそうではありませんでした。
アベルは「信仰」をもって近づきましたが、カインは「自分の作ったもの」を持って近づこうとしました。
ユダは、教会に「カインの道」を行く人が忍び込むことを警告しています。
彼らは、「信仰」ではないものを「語りたがり」ます。
カインが「自分で作った作物」を掲げたように「人の手のわざ」を掲げるのです。
愛する兄弟姉妹
もし、私たちが「人のわざ」に目を向けてしまうなら…
それが、自分の行いであろうと、他の人の行いであろうと、「人」に目を向けた瞬間、そこに「比較」が生じることを覚えてください。
そして、その「比較」が「嫉妬」を生むのです。「嫉妬」は、持ち続けるならば、やがて「憎しみ」に変わります。カインが殺人を犯したのは、アベルと比べた結果なのです。
「カインの道」を行ってはなりません。
「人」と比べても何の良いこともありません。誰かと比べて、自分を追い込むのはやめなさい。誰かをうらやむのも、蔑むのも、根っこは同じなのです。
必要なのは「信仰」です。主は、あなたの「何か」ではなく「信仰」を喜ばれます。
「信仰」をもって、自分自身を生きた供え物として献げなさい。
主は、喜んであなたを受け入れてくださいます。
あなたを「信仰」から遠ざけるものとは戦いなさい。その純粋な信仰を守りなさい。
主は、あなたの「手のわざ」ではなく、あなたの信仰を喜ばれるのです。
私はカインの道を行きません
私は恵みのゆえに信仰によって救われました
主は、私の信仰を喜んでくださいます

