2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.603 キリストの証人となる「爆発的な力」を与えてください

手を上げて賛美

使徒1:8
しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。

それは「欲しい」と望む必要があります

イエス様は「聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます」と言われました。

「受けます」とは、原語では「積極的に掴む」「自ら進んで受け取る」という意味の言葉です。

エルサレムの「屋上の部屋」で祈っていた120人は「自分が何を待っているのか」を明確に知っていました。

彼らは「父の約束」を待ち望んでいました。そして、それが「聖霊の力」なのだということを知っていました。

「キリストの証人」となる力を、彼らは「心を合わせて」待ち望んでいたのです。

「10日」の間、彼らは「主の祈り」を繰り返し祈っていました。祈りの間に、恐らく「みことばの解き明かし」もあっただろうと思います。マッテヤがユダの代わりに12使徒に加えられるというようなことも起こりました。

部屋の外には、以前として「恐怖」がありました。ユダヤ人たちは、まだ「恐ろしい存在」です。集っていた弟子たちは「自分の中にある弱さ」を克服してはいませんでした。

しかし、だからこそ「受け取りたい」という気持ちがあふれたのではないかと思うのです。

愛する兄弟姉妹。

あなたは「聖霊の力」を受けましたか?

私が言っているのは「異言」が与えられたかということではありません。

聖霊があなたに望まれたなら、あなたは「力」を受けます。

その「力」とは「爆発的な力」のことです。神の「力」です。

それは「不可能を可能にする力」です。

それは「嵐を静める力」です。

「山を移す力」です。「死人をよみがえらせる力」です。「大胆に宣教する力」です。

私たちは「聖霊の力」を「新しいことば」を語るだけに限定してはなりません。

とても残念ですが、私は、まったく「聖霊の力」に満ちていないことを認めなければなりません。

「自分のためのしるし」だけで満足していてはならないのです。

聖霊の「慰め」「満たし」は、本当に素晴らしいものです。けれど、聖霊様の力は「ただ内命的なもの」だけに限定されません。

それは「生ける水の川」として、あふれ流れだす「内から外に働く力」でなくてはならないのです。

「積極的に掴むこと」をイエス様は望んでおられます。「自ら進んで受け取りたい」と望む必要があるのです。

壁を打ち破り、不可能を可能にし、いのちに満ちあふれさせることのできる「聖霊」を、切に切に求めましょう。

これは「父の約束」ですから、求める者には「必ず」与えられるのです。ですから「期待してよい」のです。むしろ「期待する必要がある」のです。

私たちは「心を一つにし」「自ら進んで」「期待して」「爆発的な」「聖霊の力」を求めましょう。

御父は、求める者に聖霊を与えられます
聖霊の爆発的な力を注いでください
キリストの証人となる力を与えてください