イザヤ40:31
しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。
新しく力を得る
私たちの力は枯渇します。どんなに精力的な人でも、いつかは疲れ果て倒れます。
しかし、イザヤは言います。
「主を待ち望む者は新しく力を得る」と。
あなたの「力」は「有限」です。必ず「力尽き」ます。
体力も知力も財力も…
あなたが積み上げてきた経験による自信も…
能力も気力も…
すべてのものが「限界」をむかえます。誰しもが「もうだめだ」と思う時があるものです。
そのようなとき、私たちは「主の御力」に目を向けます。
「そうだ、主の御力は無限だ。私は、主を待ち望もう」と思うのです。
しかし、もし、あなたが「主の御力を充電しよう」と考えるのなら、すぐにまた「枯渇」を経験することになるでしょう。
「主を待ち望む者」に与えられる「新しい力」とは「力を充電すること」ではありません。
ここでイザヤの言う「新しい」とは「交換する」「取り替える」という意味です。
主は、あなたに「力を継ぎ足してあげよう」とは言われません。
「さあ、すべてを新しくしてあげよう」と言われるのです。
それは、くたびれてボロボロになった服を脱ぎ捨てて、新しい服を着るようなことです。
あなたの「疲れ果てた心」を御前に差し出しなさい。
なぜ、もう「限界だ」と言いながら、そこに「力を継ぎ足そう」とするのですか?
その限界を迎えた力を明け渡すのです。そして、神の無限の力と交換してもらうのです。
覚えてください。
私たちは「新しくされる」のです。自分の力で「新しくなる」ことはできません。
あなたにできるのは「くたびれた自分」を差し出すことだけです。
私たちは、日ごとに主を待ち望みましょう。
待ち望むとは「主との関係をロープのように堅固に太くすること」です。
朝ごとに、主を呼び求めましょう。
夜ごとに、御前に静まりましょう。
主を待ち望む者は「新しく力を得る」のです。
主は、あなたを「日々新しく」してくださいます。
私は主を待ち望みます
主よ、疲れた私を明け渡します
日々、新しくしてください

