No.674 最も大切な戒め その① 心を尽くす

夏の花

申命記6:5
あなたの心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。

心を尽くして

イエス様は、律法の中で最も重要な戒めは「神を愛すること」であると言われました。

そして、申命記6章5節を引用されたのです。

申命記6:5
あなたの心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。

私たちは「心を尽くして」主を愛さなければなりません。

ヘブル語で「心」とは、単なる「感情」を意味する言葉ではありません。それは「思考の中心」を表します。

「心」とは、思考、知性、意志をまとめて最終決断をする「コントロールセンター」のようなものです。

それは、言うなれば「納得済みの愛」です。「疑いを克服した愛」と言ってもよいかもしれません。

感情の波に翻弄されず「信じ続けることができる愛」です。

ヘブル11:19
彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできると考えました。それで彼は、比喩的に言えば、イサクを死者の中から取り戻したのです。

アブラハムは、望みのない時に望みを抱いて信じ続けることができました。彼は「神の友」であり続けました。

なぜ、アブラハムは「神の友」であり続けることができたのでしょう。どうして、最終的にイサクを死者の中から取り戻すことができたのでしょう。

実際、アブラハムも、疑ったり、失敗したりを繰り返しながら生きたのです。主の約束を自分の力で成し遂げようとしたこともありました。

けれど、イサクを献げよと言われたときには、アブラハムの神への確信は揺るぎないものになっていました。理解できない命令であっても「神が言われたことだから」と、それだけで従うことができたのです。

なぜでしょう?

それは、彼が「心を尽くした結果」なのです。

アブラハムは「考えました」と聖書は言います。

「考えました」とは「計算する」「論理的に算定する」「結論を導き出す」という意味です。

アブラハムの「思考のコントロールセンター」は「神に従う」という結論を導き出しました。彼は、計算して、論理的に算定したのです。そして「納得して」イサクをささげたのです。

心を尽くして、主を愛しなさい。

考えて、そして、決めるのです。

心は、時々、迷走するものです。彷徨いだしてしまうものです。

しかし、決めておきなさい。

こころよ では いっておいで
しかし また もどつておいでね
やつぱり ここが いいのだに
こころよ では 行つておいで

秋の瞳「心よ」 八木重吉

まあ、どこかに行ってしまわない方がいいのは確かです(笑)

けれど、もし、彷徨ったとしても…

戻る場所は他にはありません。「やつぱり」、主がいいのです。主だけが愛すべき方なのです。

あなたは「心を尽くして」主を愛しなさい。

私は心を尽くして主を愛します
いいかげに計算しません
主よ、あなたを信じます