創世記2:15
神である主は人を連れて来て、エデンの園に置き、そこを耕させ、また守らせた。
守ることが使命でした
主なる神は、アダムをエデンの園に置かれました。
「置かれた」というのは「安住させた」という意味です。アダムは、エデンの園で安全に平安に暮らすことができました。
主は、基本的に「安全・安心」な状態にアダムを置かれました。その上で、彼に「二つの使命」を与えられたのです。それが「耕すこと」と「守ること」です。
「守る」とは「維持する」「管理する」という意味です。アダムは、エデンの園の管理人として任命されたのです。
エデンの園の秩序を守り維持することこそ、彼の最大の使命でした。
主は、人に「善悪の知識の木の実からは取って食べてはならない」という命令を与えられました。アダムは、この命令を守らなければならなかったし、また守るようにと導かなければならなかったのです。
しかし、アダムは失敗してしまいました。
彼は、蛇の侵入を許し、エバは蛇にそそのかされてしまったのです。
このときの蛇は、危険な生き物には見えませんでした。しかし、野の生き物のうちで「ほかのどれよりも賢かった」のです。アダムもエバも「賢い」ことが「危険」であるとは考えなかったのでしょう。
聖徒はみな、うちにエデンを与えられています。あなたは聖霊の宮なのです。
ゆえに、あなたにも「守る」という使命が与えられています。
私たちは、自分の心を見張る必要があります。
私たちは、与えられたエデンを維持しなければならないのです。
蛇の侵入を許してはなりません。蛇の語ることばに耳を傾けてはなりません。
本当に危険なものは「危険だ」と叫びながらやってはきません。それは、ひっそりと「いつのまにか」忍び寄るものです。蛇が「狡猾」であることを忘れないでください。
騙されないために必要なことは「真理のみことば」を心に蓄えることです。ただ「暗記」するようにといっているのではありません。主のみことばの背後にある「主のみこころ」で心を満たせと言っているのです。
エバが、「主のみこころ」で心をいっぱいにしていたならば、蛇の誘惑に屈することはなかったでしょう。。彼女は、このとき「蛇と心を通わせた」のです。エバの心には、蛇の言葉が入り込む「余地」があったのです。
聖所には「神の臨在」が満ちていなければなりません。いつも「主を思い、感じる場所」こそが聖所なのです。
あなたのうちに「主への思い」は満ちていますか?
あなたは「自分の心の管理人」ですか?
私は心を見張ります
私のうちには聖霊が住んでおられます
私は主への思いで満ち溢れます

