出エジプト2:3
しかし、それ以上隠しきれなくなり、その子のためにパピルスのかごを取り、それに瀝青と樹脂を塗って、その子を中に入れ、ナイル川の岸の葦の茂みの中に置いた。
パピルスのかごに入れて手離しました
それは、とてもひどい命令でした。
「生まれた男の子はみなナイル川に投げ込まなければならない」
サタンは、いつの時代も子どもたちを狙っていると言った先生がいましたが、まさにその通りだと私も思います。
モーセは、生まれてから三カ月、両親によって隠されていました。しかし、もうどうしても隠しきれなくなったのです。母ヨケベテの心は張り裂けてしまいそうでした。
彼女は、パピルスのカゴに瀝青を塗って沈まないように防水加工しました。そして、ナイル川の流れにのってしまわないように、葦の茂みに置いたのです。これが、人間にできる精一杯のことでした。ヨケベテも、これが一時しのぎの処置であり、自分の心を満足させるためのものだと分かっていたでしょう。これが限界だったのです。
しかし、いつの時代も「人間の限界こそ神の時」です。
モーセが入ったパピルスのカゴは、ファラオの娘によって引き上げられました。主は、ファラオの娘に「モーセを慈しむ心」を与えられたのです。
その成り行きを一部始終見ていた姉のミリアムが「行ってヘブル人の乳母を呼んできましょうか?」とすかさず言います。とても気の利く賢い子です。
誰が想像できたでしょう?
母ヨケベテは腰を抜かすほど驚いたのではないでしょうか。手放したわが子が戻って来たのです。しかも、王宮のお墨付きで。主は、モーセをエジプトの富を用いて育てるように計られたのです。
あなたは、主が「願うところ、思うところのすべてをはるかに超えて行うことのできる方」であることを信じますか?
主は、あなたの願い、思いを「はるかに超えて」行うことがお出来になります。
あなたの「かご」を手放しなさい。
主の奇跡を期待して、そこに置きなさい。
置いたものをいつまでも見続けていてはなりません。あなたが置いたものは、ミリアムの代わりに御使いが見張っていてくれます。
主は、すべての「時」をご存知です。最も良いタイミングで事が起こることを信じなさい。
主が介入してくださることを信じるのです。主の奇跡を、日々、期待して歩むのです。
あなたの神は「願うところ、思うところのすべてをはるかに超えて行うことのできる方」です。
主よ、信じます
主の時は完全です
主は、私の思いをはるかに超えられます

