No.675 最も大切な戒め その② いのちを尽くす

夏の花

申命記6:5
あなたの心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。

いのちを尽くす

私たちは「いのちを尽くして」主を愛します。

「いのち」とは「たましい」のことです。ヘブル語では「ネフェシュ」です。本来は「のど」という意味です。

「たましい」は「渇く」のです。

詩篇42:1
鹿が谷川の流れを慕いあえぐように 神よ 私のたましいはあなたを慕いあえぎます。

「たましい(ネフェシュ)」は、神を慕っています。その「たましい」は、生けるまことの神を求めて渇いています。「たましい」とは、生き物としての本能的な「欲求・渇き」を表すと言えるかもしれません。

「たましい」は、常に「何かで満たされたい」と欲しているものなのです。

「いのちを尽くして愛す」とは、あなたのすべての「求め」「渇き」を「神にのみ向けよ」と言うことです。

もし、あなたの「たましい」が「神」によって満たされないなら、他のもので「満たされて」しまうでしょう。

「たましい」は「空っぽ」であることに耐えられないからです。

覚えてください。

あなたの「たましい」は、本当は「生けるまことの神」を慕い求めているのです。

その「渇き」を他のもので満たしたとしても、それで「渇き」がおさまることはありません。

サマリヤの女は「まことの礼拝」を求めていました。彼女の「たましい」は「生けるまことの神」に渇いていたのです。

しかし、彼女は、その渇きを「五度の結婚」で満たそうとしました。そして、それは五度とも破綻しました。彼女は「六度目」には期待していなかったように思えます。

しかし、それでも他にどうすることができたでしょう?

ヨハネ4:21
イエスは彼女に言われた。「女の人よ。わたしを信じなさい。この山でもなく、エルサレムでもないところで、あなたがたが父を礼拝するときが来ます。

主は言われます。

「わたしを信じなさい」

イエス様を信じる者は「決して渇かない」のです。

イエス様を信じる者は「心のうちに泉が湧く」のです。

あなたはそれを信じますか?

イエス様は続けて「礼拝」について語られました。

「父を礼拝するときが来ます」

ヨハネ4:24
しかし、まことの礼拝者たちが、御霊と真理によって父を礼拝するときが来ます。今がその時です。父はそのような人たちを、ご自分を礼拝する者として求めておられるのです。

彼女のたましいが「満ち足りる」ために必要なことは、イエス様を信じることでした。

そして「まことの礼拝者」となることだったのです。

あなたの「たましい」の渇きは、イエス様を信じ「礼拝者となること」によってのみ満たされます。

あなたは「いつになれば」満たされるのかと思っていませんか?

何をすれば満たされるのだろう…

どこに行けば満たされるのか…

イエス様は言われます。

「今がその時です」

今、あなたは満たされます。

今、その場で満たされることができるのです。

あなたの「たましい」は、まことの神を礼拝することによって満たされます。

今、主の御前にひれ伏して言いなさい。

「神よ 私のたましいはあなたを慕いあえぎます」

主があなたの「たましい」を満たされます。

あなたは「いのちを尽くして」主を愛しなさい。

主よ、いのちを尽くして愛します
私のたましいを満たしてください
私は主を礼拝します