詩篇25:5
あなたの真理に私を導き 教えてください。あなたこそ 私の救いの神。私は あなたを一日中待ち望みます。
一日中、待ち望んでいるのです
ダビデは「一日中、待ち望んでいる」と言っています。
ダビデは「ただぼんやり」と待っていたわけではありません。
嘆きながら、現状を憂いながら待っていたわけでもありません。
ダビデは「真理」を心に刻みながら待ち望んでいたのです。
「あなたの真理に私を導き 教えてください」
ダビデは、主に「真理」を教えてくださいと願っています。
「自分の思い」や「人のうわさ」ではなく「主の真理」によって導かれたいと願っているのです。
あなたは、どのように「待ち望んで」いますか?
自分の心のうちで「あれこれ」と思い巡らせながら待ち望んでいるのでしょうか?
その「あれこれ」が「真理」でないならば、悲しいけれど、あなたの「待ち望み」は「ただ待つだけ」に終わってしまうかもしれません。
「待ち望む」とは「切に待つ」「期待して待つ」と言う意味です。けれど、この原語の本来のイメージは「糸をしっかりとより合わせる」というものです。
ダビデは「主の真理」を一つ一つ「心により合わせて」いたのです。
「あなたこそ 私の救いの神」と告白しながら、そのことばを心に刻み付けたのです。
「一日中」彼は、真理を「糸をより合わせる」ように心に結びつけていました。
「祈り」という名目で「不平不満」をつぶやくのはやめなさい。
あなたの思いを打ち明けるのは良いことです。けれど、毎日毎日、不信仰なことばを耳に聞かせ続けてはなりません。
信仰は「聞くことから」始まりますが、不信仰もまた「聞くこと」によって育つのです。
「真理」を告白しなさい。「真理」は、あなたを自由にします。
初めは、弱々しく、すぐに切れてしまいそうな糸のように思えるかもしれません。
それでも、真理を告白し続けなさい。主が教えてくださった真理を心に刻み付けるのです。
そうすれば、いつの日か必ず「太い綱」になります。多少のことでは切れることのない頑丈なロープになります。
主を待ち望みなさい。
「待つ時間」は、糸をより合わせる時間であることを覚えてください。
主は、あなたが「真理の糸」をより合わせることを望んでおられます。
あなたが「真理の糸」を心に結びつけることを願っておられます。
その「糸」が「ロープ」になることを、主も待ち望んでおられるのです。
主は「決して切れない関係」をあなたとの間に築きたいと願っておられるのです。
愛する兄弟姉妹
私たちは待ち望みましょう。一日中、真理をより合わせながら。
そうすれば、待ち望むことは「難行苦行」ではなくなります。
あなたは、きっと真理を喜ぶように変えられます。
主よ、待ち望みます
どうか真理を教えてください
私は真理を告白します

