No.630 あなたは「天の故郷」に憧れていますか?

羊の群れ

ヘブル11:16
しかし実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。ですから神は、彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。神が彼らのために都を用意されたのです。

天の故郷に憧れて

信仰の人々はみな、自分のことを「地上では旅人であり寄留者である」と告白していました。

彼らはみな「天の故郷」に憧れて旅を続けたのです。

「憧れて」と訳されている語は直訳すると、「切望する」「手を伸ばす」「身を乗り出して追い求める」という意味です。とても「熱烈」で「積極的」な意味を持つことばなのです。

信仰の人々はみな「どうしても天の故郷に行きたい」「なにがなんでもたどり着きたい」と熱望していたのです。

あなたは「天の故郷」に憧れていますか?

天の御国のことを思うとき、私はなぜだか「なつかしさ」を感じてしまいます。見たこともないし、行ったこともないのに、なぜだか訳もなく「なつかしい」のです。

恐らく、昔の信仰の人々もそうだったのではないかと想像します。

ヨハネ14:2
わたしの父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったでしょうか。

ここでイエス様が言われた「父の家」という言葉と「故郷」という語は、原語では同じ言葉です。

つまり、故郷とは「父の家」のことなのです。

放蕩息子は、落ちぶれた自分に気がついたとき、なぜ「出て来た家」に帰ったのでしょう?

答えは簡単です。「家」には「父」がいるからです。彼は「父のところに行こう」と言ったのです。

故郷とは「父のいるところ」です。

故郷とは「待っている人」がいるところです。

天の父は、あなたが御国に来ることを待っておられます。

あなたは、御国で「大歓迎」されるのです。

あなたのための「場所」があります。

地上では、旅人であり寄留者である私たちは、この世には「何も持っていない」かもしれません。

しかし、天の御国には、あなたのために用意された「家」があるのです。

そこで「天の父」があなたを待っておられます。

「父の家」に私たちは帰るのです。

「御父」がおられるところこそが、私たちの「故郷」です。

ヘブル11:16
しかし実際には、彼らが憧れていたのは、もっと良い故郷、すなわち天の故郷でした。ですから神は、彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。神が彼らのために都を用意されたのです。

「恥となさいませんでした」とは、言い換えると「誇りとされました」です。

天の父は、天の故郷を熱望する聖徒を「誇らしく」思われるのです。

いつの日か、私は必ずそこに行きます。

天の故郷に憧れて生きましょう。熱烈に切望しながら歩みましょう。

御父は、あなたの神であること誇りとされるでしょう。

あなたは「天の故郷」に憧れていますか?

私は天の故郷に憧れます
私は必ず父の家に帰ります
私のための場所が用意されているからです