2026.6.20 岩に建てるシリーズ「聖霊の学び」を追加

No.622 ですから、目を覚まし、身を慎んでいましょう

眠るコアラ

Ⅰテサロニケ5:6
ですから、ほかの者たちのように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。

霊的な千鳥足ではいけません

テサロニケの人々は少し混乱していたようです。

彼らの中に「間違った情報」を流す人々がいて、皆、不安になったり、とまどったりしていたようです。

特に「終末」「再臨」についての混乱が激しかったようです。

ですから、パウロは「どのように終末の時代を生きるのか」ということを手紙に書いたのです。

まず、終わりの時代を生きるためには「目覚めている」必要があります。

つまり「眠っていない」ということですね。聖書において「眠っている」とは「死んでいる」と同じ状態です。

私たちは、この世において「眠ったまま」でいてはなりません。肉体的には「眠り」はもちろん必要ですが「霊において」は常に「目覚めて」いる必要があるのです。

なぜなら敵は「眠っている間」に働くからです。サタンは、私たちが「眠っている間に」毒麦を蒔きます。

終末を生きる上でもう一つ大切なことは「身を慎む」ということです。

パウロは「身を慎んでいなさい」と言っています。これは直訳では「酔わないでいなさい」です。

お酒に酔った者は、判断力が鈍ります。自制心を欠きます。冷静さを失います。酔っぱらいは「ふらふら」と足もとがおぼつきません。

つまりパウロは、常に「しっかりとしていなさい」「ふらふらと歩くな」と言っているのです。

今は終わりの時代です。

さまざまなことが起こります。さまざまな情報が飛び交います。

もし、あなたが眠っているならば「何が起こっているのか」決して見分けることはできないでしょう。

もし、あなたが「酔った者のように」ふらふらと歩んでいるならば、目の前の出来事や偽りの情報に振り回されて混乱したまま歩むことになるでしょう。これを私は「霊的な千鳥足」と呼んでいるのです。

Ⅰテサロニケ5:8
しかし、私たちは昼の者なので、信仰と愛の胸当てを着け、救いの望みというかぶとをかぶり、慎み深くしていましょう。

この箇所の「慎み深く」も、もちろん「酔わないで」です。

「霊的な千鳥足」のまま「神の武具」を身に着けて、しっかりと歩くことができますか?

まず「目を覚ます」のです。

自分が生かされている「今」をはっきり認識しなさい。霊を眠らせてはなりません。

そして「身を慎んで」生きましょう。霊的な酔っ払いの状態では神の武具を身に着けられません。

あなたの「霊を鈍らせる」すべてのものを取り払いなさい。あなたを「ふらふら」させるものを捨てなさい。

必要ならば、悪魔に立ち向かいなさい。あなたの思いをくらませる者を退けるのです。

愛する兄弟姉妹。

私たちは、目を覚ましていましょう。慎み深くしていましょう。

お互いに「ふらふら」しないように支え合いましょう。

私たちは一緒に、この終わりのときを力強く歩みましょう。

私は「昼の者」「光の子ども」です
私は暗闇の中にはいません
私は身を慎むことができます