2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.587 私は聖霊様に舌をゆだねます

チャレンジ

箴言18:21
死と生は舌に支配される。どちらかを愛して、人はその実を食べる。

舌の力は侮れません

「死と生は舌に支配されている」と聖書は言います。

私たちは、意識せず「ことば」を発していますが、その「一言一言」がどちらかに属すのです。

私たちは常に「死」か「生」の種を蒔いています。

「死」とは「滅び」のことです。そして「生」とは「いのち」のことです。

「死」の方が先に記されているのは、私たちが「滅び」の種、すなわち「否定的なことば」を発しやすい者だからかもしれません。

「舌に支配される」とは、直訳すると「舌の手の中にある」です。

私たちの「死と生」は「舌が握っている」ということです。

私はもう少し「この事実」に心を向けなければなりません。自分が「何を」言っているのかに耳を傾ける必要があります。

私たちは「どちらかを愛して」いるのです。それは常に「死か生」なのです。「滅びかいのち」なのです。

エペソ4:29
悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。むしろ、必要なときに、人の成長に役立つことばを語り、聞く人に恵みを与えなさい。

覚えてください。

あなたのことばを聞く人は「あなたのことばによって」恵みを受けるのです。

あなたの「ことば」には「恵みを与える力」があるということです。

ですから「言うこと」に注意しましょう。

「悪いことば」は「死」「滅び」の種です。

「恵みのことば」は「生」「いのち」の種です。

独り言にも注意しなさい。つぶやくことばにも注意しなさい。

あなたは「自分の耳」に聞かせることばに注意を払う必要があります。あなたは「自分にも」恵みを語らなければなりません。

しかし、これはなかなか難しいですね。私は、ついつい不平不満をつぶやく自分を発見します。まず「否定のことば」を語る自分を発見します。

「もうダメだ」「どうしてあの人は…」「絶対に無理だ」と私の舌は、いつも「悪いことば」を語らせるのです。

ヤコブ3:8
しかし、舌を制することができる人は、だれもいません。舌は休むことのない悪であり、死の毒で満ちています。

では、私たちはどうすればいいのでしょう。

聖霊様に「舌」をゆだねましょう。

ペンテコステの日、「炎のような舌」が一人ひとりの上にとどまったのは、まさに「そのため」だと私は信じています。

主は、あなたに「舌」をゆだねて欲しいと望んでおられます。

それは、あなたが「いのち」に歩むためです。いのちを愛し「その実」を食べるためです。

Ⅰペテロ3:10
いのちを愛し、幸いな日々を見ようと願う者は、舌の悪口を言わせず、唇に欺きを語らせるな。

私たちは「いのちを愛し、幸いな日々を見る者」として歩みましょう。

私は聖霊様に舌をゆだねます
私はいのちにあふれて歩みます
私は聞く人に恵みを与えることができます