No.690 それは、主にある平安よりも価値のあるものですか?

幸せな赤ちゃん

ルカ10:40
ところが、マルタはいろいろなもてなしのために心が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。私の姉妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。私の手伝いをするようにおっしゃってください。」

心が落ちつかないマルタ

マルタは「心が落ち着かない」状態でした。

「心が落ち着かず」とは、ギリシャ語の字義通りの意味は「心が周囲に引っ張られる」もしくは「あちこちに引きずり回される」です。

マルタの心は「定まって」いませんでした。彼女には気になることが多すぎました。

マルタの心は「あちこち」に引きずり回されて、すり減ってしまったのです。

疲弊した心は「イライラ」するものです。いつもなら許せることも許せなくなってしまうのです。

マルタは、マリアを見ました。イエス様の足もとに座って、何もせずお話を聞いている姿を見て腹が立ちました。マルタだって、イエス様のお話を聞きたかったのかもしれません。マリアが手伝ってくれれば、食事の準備だって早く終わるのにと思ったのかもしれません。

私たちは、たいていの場合「正当な理由」を持っているものです。

私は、自分が「イライラ」してしまった時は、「イライラさせる相手が悪い」と心底思っています(笑)

けれど、主は言われます。

ルカ10:41~42
主は答えられた。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩っています。しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」

イエス様は、マルタの心が「あちこち」に引きずり回されていることを知っておられました。

主は、私たちの心が「引きずり回されて」いることを好まれません。心は「騒がせない」ほうがいいのです。私たちは「静まって」御業を待ち望むべきなのです。

あなたの目の前にいる「その人」は、あなたを「イライラ」させるでしょうか?

あなたの目の前にある「仕事」は、あなたを「イライラ」させますか?

あれもこれもと「やるべきこと」が多すぎて、あなたの心は疲弊しているでしょうか?

どうか覚えてください。

「必要なことは一つだけ」です。つまり、あなたの「心を留める価値のあるもの」は「一つだけだ」ということです。

あなたを「イライラ」させる「あの人」や「あの物事」は、あなたの「平安」と交換するほど価値のあるものでしょうか?

主にある平安を壊してまで「イライラ」する価値が、その人や、その物事にはあるのでしょうか?

あなたの「正当な理由」は、主にある平安を捨ててまで主張すべきものですか?

ほんの「ひと呼吸」だけ待つのです。一瞬、天秤にかけてみれば分かることなのです。

あなたの心は、本当に価値のある「唯一の方」だけに向けなさい。

御足のそばに座っていなくても、心をイエス様のもとに向けることはできるのです。

「誰か」に引きずり回されてはなりません。

「物と事」に引っ張られてはなりません。

主よ、私の心は常にあなただけのものです。

主に心を向け続けます
私の平安は、決して奪われません
主だけを見続ける者としてください