詩篇8:4
人とは何ものなのでしょう。あなたが心に留められるとは。人の子とはいったい何ものなのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。
人とは何ものなのでしょう
ダビデは、夜空に輝く月と星を見て畏敬の念に満たされたのです。
天は御手のわざを語り告げます。主は、そのみことばによって夜空に月と星を創造されました。それは、適当に並べられたものではなく、整然と配置されたものです。
ダビデは、その法則を知り、その美しさに圧倒されているのです。
そして、その夜空を見上げているだけの「ちっぽけな自分」に気付くのです。
ダビデは、ここで「人間」のことを「二種類」のことばで呼んでいます。
一つは「人(エノーシュ)」です。これは「病みやすく」「弱く」「儚い」という意味です。
もう一つは「人の子(ベン・アダム)」です。これは、「アダムの子」つまり「土くれから造られたもの」という意味です。
ダビデは、神の御手のわざを見上げ「自分の弱さ」と「自分が何から造られたのか」を思いみました。
そして、思ったのでしょう。
「人(エノーシュ)」である自分は、いったい何者なのか…
「人の子(ベン・アダム)」に過ぎない自分をいったい何者だと思うのか…
ダビデは、自分の「弱さ」「小ささ」を痛感しましたが、それは彼を「自己卑下」に閉じ込めたりしませんでした。むしろ、神の恵みの大きさに「解放」されたように思えます。
星を秩序正しく夜空に配置された方が、あなたを心に留めておられます。
この天地を創造された方が、あなたを顧みてくださいます。
主が「味方」であるならば、誰があなたに敵対できるでしょうか?
主が「守られる」ならば、誰があなたに害を加えることができるでしょう?
主の御力は「弱さ」のうちに完全に現れるのです。
天を見上げなさい。太陽を月を星を見なさい。空の鳥を見なさい。野の花を見なさい。
それらを造られ保っておられる方が、あなたに心を配っておられます。あなたの一日一日に関心を寄せておられます。
ですから、何も恐れることはないのです。
「ちっぽけな自分」を見て卑屈になってはなりません。「何事も成しえない自分」とうつむいてはなりません。
大きな御手を広げておられる天地の主を見上げなさい。
畏敬の念に満たされ、恵みのうちに解放されなさい。
私たちは、ただ主を誇り、賛美しながら歩めばよいのです。
主よ、あなたは創造主です
主よ、あなたは私を心に留められます
主よ、私はあなたをほめたたえます

