エペソ6:18
あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚まして、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。
目を覚ましていて
エペソ6章において、パウロは「神の武具」について説明しています。
- しっかり立って
- 腰に真理の帯を締め
- 胸には正義の胸当てを
- 足には平和の福音の備えを
- 信仰の盾をとり
- 救いのかぶとをかぶり
- 御霊の剣をとりなさい
あなたは、準備ができましたか?
あなたは、しっかりと立っていますか?
神の武具を身に着けていますか?
御霊の剣を握りしめていますか?
キリスト・イエスの立派な兵士として、私たちは武具を身に着け、剣を手に取るのです。
そして、その上で兵士としての任務に就きます。
兵士の任務とは「目を覚まして祈ること」です。
「目を覚ます」とは、眠りを退ける、夜通し警戒する、寝ずの番をするという意味です。
つまり「見張り人」の役目を果たせということです。
キリスト・イエスの兵士は、みな「見張り人」なのです。
「あらゆる」とは、様々な形式のという意味です。
「祈り」とは広い意味での祈りを意味します。つまり、感謝すること、賛美すること、大声で祈ること、心の中で祈ること、集まって祈ること、立ち上がって祈ること、ひれ伏して祈ること、泣きながら祈ること、手を叩きながら祈ることなど、すべての「祈り」を含みます。
「願い」とは、嘆願のことです。切実な嘆願、とりなしの祈り、あらゆる願いのことです。
「どんなときにも」とは、あらゆる機会においてという意味です。どんな状況にあっても、何が起こっても、それを「祈る機会」とするのです。
私たちは、困難な状況の時に祈ります。助けが欲しい時に祈ります。悲しい時に祈ります。もうダメだと思う時にも祈ります。喜びの時にも、感謝の時にも祈ります。どんな状況の時も、どんな感情の時も祈ります。
あなたは「あらゆる祈りと願い」をささげていますか?
形式は、そんなに大切なことではないのです。主は「あらゆる祈りと願い」を受け入れてくださいます。むしろ「あらゆる祈りと願い」を喜ばれるだろうと思います。
あなたは「どんなときにも」御霊によって祈っていますか?
いかなる状況においても、御霊によって、それが「祈りのチャンス」となることを信じなさい。
目を覚まして祈り続けましょう。
あなたは、キリスト・イエスの立派な兵士なのです。
私は、あらゆる祈りと願いを用います
私は、どんなときにも祈ります
私は、キリスト・イエスの立派な兵士です

