【黙示録17章12節~18節】神のことばは必ずなります

再臨を待つ

黙示録17:17
それは、神のことばが成る時まで、神はみこころが実現するように王たちのこころを動かし、彼らが一つ思いとなって、自分たちの支配権を獣に委ねるようにされたからです。

10本の角は10人の王です

前回は黙示録17章14節までを学びました。

今回は、少し重複しますが12節から、もう一度学んでいきたいと思います。

黙示録17:12
あなたが見た十本の角は十人の王たちです。彼らはまだ王権を受けてはいませんが、獣とともに一時だけ王としての権威を受けます。

さて、思い出してください。

大淫婦が乗っている「緋色の獣」がどのような姿をしていたのかを。

黙示録17:3
それから、御使いは私を御霊によって荒野へ連れて行った。私は一人の女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神を冒涜する名で満ちていて、七つの頭と十本の角を持っていた。

獣は緋色で、七つの頭と十本の角を持っていました。

七つの頭とは「七人の王」のことだと御使いは言いました。前々回、ややこしい話をしましたね。「ローマ皇帝説」とか「世界帝国説」などという解釈について学びました。

では「十本の角」とは何のことでしょう。

御使いは「十本の角とは十人の王たち」だと言います。

「七つの頭」も王たちのこと「十本の角」も王たちを表わすなんて、また何ともややこしい話ですね(笑)

「緋色の獣」は、終わりの日にあらわれる「海から上って来る獣」のことです。

黙示録13:1
また私は、海から一頭の獣が上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。その角には十の王冠があり、その頭には神を冒涜する様々な名があった。

この獣が「反キリストの王国」を表わすのは間違いないでしょう。

ダニエルは、この獣を「第四の獣」と呼んでいます。

ダニエル7:7
その後また夜の幻を見ていると、なんと、第四の獣が現れた。それは恐ろしくて不気味で、非常に強かった。大きな鉄の牙を持っていて、食らってはかみ砕き、その残りを足で踏みつけていた。これは前に現れたすべての獣とは異なり、十本の角を持っていた。

終わりの時代に現れる「世界帝国」は、今までのどの帝国とも異なっています。

それは「恐ろしくて不気味で非常に強い」のです。そして、最初は「独裁者」が一人で支配するのではなく「十人の支配者」によって統治されるようです。

黙示録17:12
あなたが見た十本の角は十人の王たちです。彼らはまだ王権を受けてはいませんが、獣とともに一時だけ王としての権威を受けます。

使徒ヨハネが見た「十本の角」は、まだ王権を受けていない「十人の王」です。

彼らは、いずれ王権を受けて、獣とともに支配者となります。しかし、十本のうち三本の角は引き抜かれます。

ダニエル7:8
私がその角を注意深く見ていると、なんと、その間から、もう一本の小さな角が出て来て、その角のために、初めの角のうち三本が引き抜かれた。よく見ると、この角には人間の目のような目があり、大言壮語する口があった。

この箇所を読む限りでは、反キリストは「最初の10人」に入っていないように思えます。10人の王たちの「その間」から出現するように思えます。

これは「死んだように思われたが、その致命的な傷が治った獣」を描写するものだという解釈もありますが、どうでしょうか。なかなか解釈が難しいですね。

いずれにせよ、終わりの時代には「反キリスト」に力と権威を委ねる支配者たちが現れるということは確かです。

黙示録17:13
これらの王たちは一つ思いとなり、自分たちの力と権威をこの獣に委ねます。

獣すなわち反キリストの独裁帝国が誕生します。彼らは、世界の王となります。しかし、その権威は「一時」だけです。

黙示録17:14
彼らは子羊に戦いを挑みますが、子羊は彼らに打ち勝ちます。子羊は主の主、王の王だからです。子羊とともにいる者たちは、召されて選ばれた忠実な者たちです。

「知恵ある考え方」をすることのできる人は「子羊の勝利」を理解することができます。

悪しき勢力が立ち向かうのが「獅子」ではなく「子羊」であることは注目すべきことです。

救いはいつも「子羊」にあります。勝利は「子羊」のものなのです。

私たちは「子羊の血と証のことば」によって打ち勝ちます。

確かに終わりは来ます。困難な時代が来ます。悪しき者が現れて、大々的に世界を支配する日がやって来ます。

世の中は、どんどん悪くなるというのは、ある意味において本当のことです。

イエス様が言われたとおり、私たちには苦難があります。

ヨハネ16:33
これらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を得るためです。世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました。

以前の新改訳では「勇敢でありなさい」と訳されていました。

主イエスは、なぜ「勇敢であれ」と言われたのでしょう。なぜ「勇気を出せ」といわれたのでしょう。

それはイエス様が「すでに世に勝たれた」からです。

「完全な勝利」は未来に現れますが、今現在すでに、主イエスは「勝利を得て」おられるのです。

主が「終わり」から物事を見ておられることを覚えてください。

「恐ろしくて不気味で非常に強い獣」は確かに現れます。しかし、その権威は「一時」なのです。

子羊は「恐ろしくて不気味で非常に強い獣」に打ち勝ちます。

あなたには苦難がありますか?

あなたの目の前に「恐ろしくて不気味で非常に強い」何かが立ちはだかっているでしょうか?

自分が小さくて弱い子羊のように感じるでしょうか?

「とても無理だ。自分なんかの手には負えない」と思うでしょうか?

自分の無力さに自信を失い、心が折れそうになることが私にもあります。

しかし、忘れないでください。

勝利を得たのは「子羊」であるということを。

黙示録17:14
彼らは子羊に戦いを挑みますが、子羊は彼らに打ち勝ちます。子羊は主の主、王の王だからです。子羊とともにいる者たちは、召されて選ばれた忠実な者たちです。

世の中の王は「獣」です。力を誇示し権力を振りかざします。

これは「大きな世界」だけのことではありません。私たちの周囲の「小さな世界」でも同じような「小さな支配者」がいるでしょう。

あなたは、彼らに「力」で立ち向かう必要はないのです。いえ、むしろ「力」で立ち向かってはなりません。

私たちの戦いは「血肉」に対するものではありません。霊の戦いは「力の対決」ではありません。敵は「力」を誇示してくるでしょうが、動揺してはなりません。

霊の戦いは「真理対偽り」の戦いです。霊の戦いは「光か闇か」の戦いです。

あなたは「真理の帯」を締め「みことばの剣」を振りかざしなさい。そして、必ず「光の中」に立ち続けなさい。そうすれば、決して、打ち負かされることはありません。必ず「勝利」します。

主イエスの勝利を宣言することに飽きてはなりません。

「子羊」の勝利を日々宣言するのです。

「子羊」こそ「王の王」です。「主の主」です。その主権は「永遠」です。

一時だけの権威を誇る獣など恐れることはありません。

今、あなたの周囲で「悪者が栄えている」ように思えても失望してはなりません。世と世の欲は過ぎ去るのですから。

反キリストに「力」と「権威」を委ねる王たちは、おそらく利己的な思い、保身の思いからそうするのでしょう。

しかし、愛する兄弟姉妹。

私たちは違います。私たちは「子羊とともにいる者」です。

あなたは「召されて選ばれた忠実な者」です。

Ⅰテサロニケ5:10
主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目を覚ましていても眠っていても、主とともに生きるようになるためです。

主のために生きましょう。主とともに生きましょう。

私たちは生きるにしても死ぬにしても「主のもの」です。

神のことばが成る時まで

さて、御使いは使徒ヨハネに言いました。

黙示録17:15
また、御使いは私に言った。「あなたが見た水、淫婦が座しているところは、もろもろの民族、群衆、国民、言語です。

使徒ヨハネが見た「大淫婦」は、大水の上に座していました。

その大水とは「もろもろの民族、群衆、国民、言語」のことであると言います。

大淫婦すなわち大バビロンが、世界中に影響力を及ぼすことがわかります。それは「国」という単位ではありません。一つの国の中には「異なる言語」を話す様々な民族、部族がいます。大バビロンは、世界の隅々にまで影響力を及ぼします。

獣は、この影響力が欲しいのだと思います。彼女の影響力を最大限に利用したいと考えるのでしょう。

大淫婦である大バビロンが持つ影響力とは「政治的なもの」ではないでしょう。おそらく「宗教的なもの」だろうと思いいます。

主は、バビロンのことを「偶像に狂っている」と言われます。

エレミヤ50:38b
そこは刻んだ像の地で、偶像に狂っているからだ。

バビロンは「偶像礼拝」について裁かれて滅びるのです。

終わりの時、大バビロンは「偶像に狂った地」となるでしょう。そこには「見せかけの敬虔」があふれます。大バビロンの影響力によって、全世界が「主なる神」に背くことになるでしょう。おそらく「そんなつもりはなかった」と彼女たちは言うだろうと思いますが。反キリストにとっては、自分を拝ませるための「とてもよい下地」が手に入るということです。

黙示録17:16
あなたが見た十本の角と獣は、やがて淫婦を憎み、はぎ取って裸にし、その肉を食らって火で焼き尽くすことになります。

反キリストと権威を委ねた王たちは、初めは「大淫婦」と一つですが、そのうち「彼女を憎む」ようになります。そして、ついには滅ぼしてしまいます。

このことから「サタンの国は分裂している」「悪霊どもには一致がない」などと言われますが、それは間違っています。

サタンの王国が分裂していないことは、エペソ6章を読めば分かります。

エペソ6:12
私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。

日本語では分かりにくいですが、原語では「支配」「力」「支配者たち」とは「階級」を表わす言葉が使われています。これは、サタンの国の組織図なのです。

サタンは、天の御使いの三分の一を引き連れて堕落しました。そのとき、秩序だった神のシステムをそのまま盗んでいったと思われます。サタンの国が「分裂」だらけであれば、もうとっくに崩壊しているでしょう。

マタイ12:25
もし、サタンがサタンを追い出しているのなら、仲間割れしたことになります。それなら、どのようにしてその国は立ち行くのですか。

これは、私の個人的な意見ですが…

大淫婦と緋色の獣は、もともと「仲間」ではなかったのだと思います。

彼らのうちには「仲間意識」などなかったでしょう。大淫婦は、自分こそが「獣を支配している」と考えるだろうと思います。そして、獣の方は「利用してやろう」と考えるでしょう。獣の背後にいるサタンは、最初から「大淫婦」を食い尽くすつもりだろうと思います。

これは、警告であると私は思います。

Ⅰペテロ5:8~9
身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吠えたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。ご存知のように、世界中で、あなたがたの兄弟たちが同じ苦難を通ってきているのです。

サタンは、大バビロンを食い尽くし焼き尽くします。

十本の角と獣は、サタンの思惑の通りに彼女を裏切り滅ぼしてしまうでしょう。

黙示録17:17
それは、神のことばが成る時まで、神はみこころが実現するように王たちのこころを動かし、彼らが一つ思いとなって、自分たちの支配権を獣に委ねるようにされたからです。

サタンの国は分裂しませんが、人間の国は分裂します。

この最後の世界帝国は「鉄と粘土の国」ですから、まあ、混じり合わないでしょう。

しかし、神のことばが成る時まで、主ご自身が彼らに「一つ心」を与えられます。

黙示録10章の時点で御使いは宣言していました。

黙示録10:7
第七の御使いが吹こうとしているラッパの音が響くその日に、神の奥義は、神がご自分のしもべである預言者たちに告げたとおりに実現する。

第七のラッパが吹かれたら「七つの鉢のわざわい」が実行されます。

そして、もうすでに「第七のラッパ」は吹き鳴らされ「第七の御使いが鉢の中身を空中に注いだ」という箇所まで、私たちは読み進めてきました。

今、大バビロンが滅びます。

主は、一つ一つ着実に事を成就しておられます。旧約の預言者たちが語ったことは一つ残らず成就するのです。イエス様が地上で語られたことは、一つも空しく地に落ちることはありません。

「神のことばは成る」のです。

黙示録が教えているのは、実にそのことであると私は思います。神のことばは「創世記」から「黙示録」に至るまで完全に実現します。

獣の帝国が「恐ろしくて不気味で非常に強く」ても…

大バビロンが全世界に影響を及ぼしても…

サタンが世界をどれほど混乱させようとも…

歴史を握っておられるのは、私たちの主なる神なのです。

悪がその力を最大限に発揮し、暗闇が地を覆い、どこにも光がないように見えても…

大患難時代と呼ばれる苦難の中にあっても…

神の計画は寸分の狂いもなく成就されます。神の計画は揺るぐことがありません。

私たちは「神のことばは成る」ということを黙示録を通して知るのです。

私たちは、悪の勝利、暗闇の蔓延に怯えてはなりません。獣が聖徒たちを打ち負かすように見えてもひるんではなりません。

覚えてください。主のことばは必ず成るのです。

私たちは、黙示録によって「神のことばの真実であること」を心に刻み付けるのです。

悪者は、自分の思うままに動いているつもるでしょう。大バビロンを「滅ぼしてやった」と思うでしょう。

しかし、それすらも、私たちの神の御手の中にあることなのです。

ですから、愛する兄弟姉妹

「もうだめだ」と言ってはなりません。

「希望がない」と言ってはいけません。

あなたは、決して「失望に終わる」ことはないのです。

ローマ10:11
聖書は言っています。「この方に信頼する者は、誰も失望させられることがない。」

聖書が「失望させられることがない」と言っているのです。あなたは「失望しない」のです。

私たちは「神のことば」に信頼しましょう。「神のことば」は必ず成るのです。

イザヤ55:11
そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、わたしのところに空しく帰ってくることはない。それは、わたしの望むことを成し遂げ、わたしが言い送ったことを成功させる。

目の前の出来事が「それは無理だ」と告げていても…

敵が「常識的に考えてみろ」とささやいてきても…

あなたの感情が「できるわけがない」と叫んでも…

神のことばを信じなさい。神のことばの真実を告白しなさい。

私たちは、いのちのことばである方を信じて歩む者です。見えるところではなく信仰によって歩む者です。

決して退かず、信じていのちを保つ者です。

シャロームを祈ります。