Ⅰコリント15:58
ですから、私の愛する兄弟たち。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは、自分たちの労苦が主にあって無駄でないことを知っているのですから。
いつも主のわざに励みなさい
「いつも主のわざに励みなさい」とは、直訳では「いつも主のわざに満たされなさい」です。
ここで「豊かに」と訳されている語と「励みなさい」という言葉は、同じ語根です。
どちらも「あふれんばかり」「過剰に」「満ちあふれる」という意味です。
つまり、パウロは「いつも主のわざに、過剰なまでに豊かに満ちあふれよ」と言っているのです。
イエス様は、私たちに「豊かないのち」を得させるために来たと言われました。
私たちには「あふれんばかり」のいのちが与えられているのです。
つまり、私たちは「出し惜しみ」する必要がないということです。
「いや、私にはそんな時間はない」と思うでしょうか。
「自分のことで精一杯で主のわざに励む力など残っていない」と言うでしょうか。
あなたは「盗人」が、あなたの「時間」「奉仕」「愛」を盗んでいくことを知っていますか?
あなたには、すでに「豊かないのち」が与えられています。
イエス様は、そのために来られたのです。あなたにだけ「豊かないのち」を差し控えるなどということがあるでしょうか。
しかし、実際に私たちは「豊かないのち」にあふれんばかりに満たされているとは言えない状態ですよね。
イエス様が嘘を言われることはないので「豊かないのち」は与えられているはずです。しかし、私たちはそれを得ていないように感じています。
ということは、答えは一つ、誰かが「盗んで」いるのです。
愛する兄弟姉妹。
私たちは「盗まれたもの」を取り戻さなければなりません。
私たちは「豊かないのち」に満ちあふれなければなりません。
今すぐ「主のわざ」を取り戻しましょう。
まず「豊かないのち」に満たされることです。
主は、あなたの必要を満たすだけでなく「あふれさせて」くださるでしょう。
あなたが「豊かないのち」に満たされれば、それは必ず「あふれ」ます。あなたは「生ける水の川」が心の奥底から流れ出ることを体験するでしょう。
「いつも主のわざに励みなさい」とは「いつも主のわざに満ちあふれなさい」ということです。
あなたのうちが「豊かないのち」で満ちあふれるならば、それは自然にあふれ出ます。
イエス様は「よみがえられた」のです。
あなたは、不可能を可能にする「よみがえりの力」に満たされるのです。
そして、あなたが満たされるなら、あなたの行く所どこにおいても「いのちを与える水」があふれ出ます。
私たちは、しっかり立ちましょう。盗まれた「豊さ」を取り戻しましょう。
私たちは「豊かないのち」に満ちあふれ、それを「あり余る」ほどに流すことができるのです。
私は豊かないのちにあふれます
私は主のみわざに満ちあふれます
私のうちからは生ける水が流れます

