Ⅰサムエル17:47
ここに集まっているすべての者も、剣や槍がなくても、主が救いをもたらすことを知るだろう。この戦いは主の戦いだ。主は、おまえたちをわれわれの手に渡される。
必要なのは道具ではありません
ダビデが、ゴリヤテと戦うと申し出たとき、その場にいたすべての人が「それは無理だ」と思いました。
サウル王は、敵であるゴリヤテのことを知っていたようです。ペリシテ軍の強い兵士として有名だったのかもしれません。
しかし、サウルは敵の情報は知っていても「万軍の主」については知らなかったようです。サウルは、自分を王にしてくださった方を本当の意味においては「知らなかった」のです。
サウルは言います。「あれは若い時から戦士だ」と。つまり「経験豊富な兵士だから立ち向かえない」と言ったのです。
ダビデは確かに「戦場」での経験は皆無でした。しかし「戦い方」は知っていました。
ダビデは「剣や槍」を使いこなすことはできませんでした。サウルの武具も着こなすことができませんでした。
しかし、「主の戦い」を知っていました。
敵は「おまえは弱いから負ける」と言います。
サウルは「武器を使いこなせないし経験もないから、おまえは勝てない」と言います。
しかし、ダビデは言います。
ダビデは、戦いの勝敗は「道具」によって決まるのではないことを知っていました。
ダビデは、戦いの勝敗は「主によって」決まることを知っていました。
ダビデは「主の戦い」がどのようなものであるのかを知っていたのです。
世の中の戦いにおいては「経験」や「ツール」が重要でしょう。私は、そのどれにおいても劣っています。決して「勝つ」ことはできないように思えます。
しかし、私は「この戦いは主の戦い」であることを知っています。そして、この戦いが「血肉によるものではない」ことを知っています。
ダビデは「石ころ」でゴリヤテを倒しました。必要なのは「剣や槍」ではないのです。
必要なのは「正しい情報」です。主についての「真実」です。
ダビデは「剣や槍がなくても、主が救いをもたらすこと」を知っていました。その「真理」を握って立ち向かったのです。
あなたの外側から叫ぶ「ゴリヤテ」の声は無視しなさい。あなたの内側から聞こえる「サウル」の声を黙らせなさい。
私たちは、ダビデとともに言いましょう。
「この戦いは、主のものだ。剣や槍ではない、主が救いをもたらされる。私は万軍の主の御名により立ちむかう」
救いは、主がもたらされます。救いは、主のものです。
私たちは、主の御名によって進むのです。
救いは、主がもたらされます
私たちは、主にあって圧倒的な勝利者です
私は、ただ主のみことばに同意します

