2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.528 人に惑わされないために「真理」に立つのです

山を見上げる

マタイ24:4
そこでイエスは彼らに答えられた。「人に惑わされないように気をつけなさい。

それは「真理」対「偽り」の戦いです

弟子たちはイエス様に尋ねました。

マタイ24:3
イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちがひそかにみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのですか。あなたが来られ、世が終わる時のしるしは、どのようなものですか。」

弟子たちは「世が終わる時のしるし」について、イエス様に尋ねたのです。

そして、イエス様が、まず最初に言われたのは「惑わされないようにしなさい」という警告でした。

私たちは「しるし」を求めます。「何が起これば終わりなのか」「どのようなことになるのか」を知りたいと思います。

けれど、イエス様は何よりもまず「惑わされないようにしなさい」と言われるのです。

もし私たちが「惑わされている」ならば、神のしるしを追い求めても無駄なことです。すでに「偽りを信じてしまっている」からです。

どうか覚えてください。

「しるし」や「不思議」は、その現われそのものが「真理」である証拠にはならないのです。

私は、預言も癒しも奇跡も信じています。しかし、同時に、偽預言者が出現し、多くの奇跡を行うことも知っています。

マタイ24:24
偽キリストたち、偽預言者たちが現れて、できれば選ばれた者たちをさえ惑わそうと、大きなしるしや不思議を行います。

私たちは「大きなしるしや不思議」に惑わされないようにしなければなりません。

しかし、それは「疑いの目をもって生きよ」という意味ではありません。吟味は必要ですが、私たちは「人を見たら泥棒と思え」というような生き方をする必要はありません。疑心暗鬼に陥って、誰もかれもが「偽預言者」に見えるなら、それこそ敵の思う壺です。

私たちは「真理」を知りましょう。

ヨハネ17:17
真理によって彼らを聖別してください。あなたのみことばは真理です。

私たちは「真理」によって「聖別」されます。つまり、神のものとして「区別」されるのです。

そして「真理」とは「みことば」のことだとイエス様は言われます。

誰かの「ことば」によって、自分の人生を建てあげてはなりません。あなたは「みことば」によって聖別されるべきなのです。

私たちは「みことば」を知りましょう。「みことば」を心に蓄えましょう。「みことば」によって生きましょう。

そうすれば「惑わされる」ことはありません。

これは「霊の戦い」です。

そして「霊の戦い」とは「力と力」の戦いではないことを忘れないでください。

これは「真理と偽り」の戦いです。「強いもの」「不思議を行う者」「奇跡を行う者」が勝つのではありません。

「真理」に立つ者は「偽り」に呑まれることはありません。

「真理」を知るならば、私たちは惑わされません。「真理」に目を留め続けるならば、偽りを見抜くことができるようになります。

「間違い探し」をするよりも「真理のことば」を探求する方が有益でなのです。

私は「いのちのことば」を慕い求めます
主のみことばこそ「真理」です
聖書はすべて神の霊感によるものだと信じます