ヨハネ11:25~26
イエスは彼女に言われた。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。あなたは、このことを信じますか。」
あなたは信じますか
永遠のいのちの話をもっとしたいと思うのです。
私たちは、今を精一杯生きるべきです。イエス様が来られたのは「豊かないのち」を得させるためです。
けれど、覚えてください。
永遠のいのちがなければ、豊かないのちもないのです。
パウロが死者の復活のことを語ると、アテネの人々は笑って去って行きました。
ある人々は、あからさまに「あざ笑い」ました。別の人々は「また、いずれ」とやんわり拒絶しました。
世の人々は「永遠のいのち」について考えるのは「現実的ではない」と思っているのです。
世の人は「そんな非現実的なことより、今の困窮が問題だ」と言うでしょう。
しかし、実際のところ「永遠のいのち」の方がずっと危急の問題です。
なぜなら、永遠のいのちを持っていないならば、その行きつく先は「永遠の滅び」だからです。
神のみこころは、私たちが「永遠のいのちを持つこと」です。
あなたがすでに「持っているもの」を見なさい。
確かに、あなたの目の前には「問題」があるのでしょう。「足りないもの」も多いのでしょう。
しかし、それらの「問題」や「足りないもの」に目を奪われて、本当に大事な「いのちの冠」を失ってはなりません。
あの「天路歴程」のキリスト者のように「いのち、いのち、永遠のいのち」と叫びながら走り続けましょう。
「わたしはよみがえりです。いのちです」と言われる方の「いのち」があなたのうちに満ちあふれていることを信じなさい。あなたは、永遠に生きるのです。
「永遠のいのち」を強く握りしめなさい。決して離してはなりません。
「永遠のいのち」を高く掲げ宣言しなさい。
たとえ、多くの人があざ笑ったとしても、つき従う人も、また起こされるのです。
パウロにつき従った人がいたように、あなたにつき従う人も必ず起こされます。
イエス様を信じる者は、永遠のいのちを得るのです。死んでも生きるのです。決して滅びることはありません。
あなたは信じますか?
主よ、私は信じます
私は永遠のいのちを持っています
私は永遠のいのちを掲げます

