ピリピ4:7
そうすれば、すべての理解を越えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
心と思いを守ってくれます
あなたの「心と思い」は守られていますか?
パウロは、わざわざ「心」と「思い」を分けて記しています。「心」とは、極々簡単に言えば「感情的な部分」です。
「思い」とは、「思考の部分」「考え」のことです。敵は、私たちの「心と思い」を狙っているのです。
戦いは常に「心と思い」で起こるものです。
敵は、あなたを「落ち込ませよう」とします。喜びを奪い、神の愛に疑問を抱かせます。敵はまた、あなたの「思考を操作しよう」とします。主のみことばではなく「自分の考え」により頼むようにさせます。
もし、あなたが「憂鬱な気持ち」を抱え、「あれやこれやと思いを巡らせ」ているならば、それこそ「敵の策略」にはまっている証拠です。
ですから、聖書は言うのです。
そうすれば、どうなるのでしょう?
「守る」という語は、ただ「保護する」とか「大切に扱う」ということではありません。これは、当時の「軍事用語」で、「兵士が武器を持って見張りをする」「前に立って防御する」という意味を表します。
何があなたの「心と思い」を守るのでしょう?
それは「すべての理解を越えた神の平安」です。
「すべての理解を越えた」というのは、「とうてい考えることのできない平安」と言うことです。「絶対に平安でいられない」というときに、なぜか与えられる平安です。
それが「神の平安」なのです。
そして、この「神の平安」こそが、あなたの「心と思い」を守るのです。あなたの「感情」と「思考」の前に立って、敵の侵入を防ぐのは「神の平安」なのです。
覚えてください。
私たちの「心と思い」は、いつも「戦いの中」に置かれているのです。
キリスト・イエスにある「神の平安」の中にいなさい。
「すべての理解を越えた神の平安」を求めなさい。
そうすれば、あなたの「心と思い」は守られるのです。
私は何も思い煩いません
すべてを主に申し上げます
神の平安を感謝します

