No.683 いと高き方こそ、私の住まいです

希望を抱いて

詩篇91:9
それは、わが避け所 主を いと高き方を あなたが自分の住まいとしたからである。

主こそわが避け所です

詩篇91篇は「守りの詩篇」と呼ばれます。

詩篇91:5~7
あなたは恐れない。夜襲の恐怖も 昼に飛び来る矢も。暗闇に忍び寄る疫病も 真昼に荒らす滅びをも。千人があなたの傍らに 万人が あなたの右に倒れても それはあなたには近づかない。

主の守りは完全です。

私たちは「夜」も「昼」も安全です。病も攻撃も恐れることはありません。主の御手のうちにあるならば、私たちは、決して恐れることはないのです。

しかし、それには一つだけ条件があります。

詩篇91:9
それは、わが避け所 主を いと高き方を あなたが自分の住まいとしたからである。

「住まい」とは、「住みか」「隠れ家」という意味です。

詩人は「いと高き方ご自身」こそが「隠れ家」であると言ってるのです。

私たちは「夜」に恐れを感じます。人生の暗闇の中で「先が見えない」という恐怖を味わうことがあるでしょう。「昼」には攻撃を恐れます。向かうところ敵だらけと感じるような時があるかもしれません。

私たちはみな「恐怖を回避するために」自分なりの手段を高じるものです。

しかし、最も大切なことは「何をするか」でも「何を持つか」でもありません。

大切なことは「誰を隠れ家とするか」なのです。

恐怖を感じたならば「何か」をしようとする心を静めて告白しなさい。

詩篇91:2
私は主に申し上げよう。「私の避け所 私の砦 私の信頼する私の神」と。

あなたは「どこにも」行く必要はありません。頭をフル回転させるのはやめなさい。心を悩ませるのもやめなさい。

その場で「臨在」を求めなさい。いと高き方を隠れ家にするとは、その「ご臨在の中に入る」ということです。

環境や状況を変えてくださいと求めることをやめて、まず「神の臨在」のうちに入ることを求めるのです。

神の「ご臨在」こそが「大盾」です。敵の攻撃は「神の臨在」の中にまでは届きません。

覚えてください。

神ご自身が、あなたを守られるのです。主こそが「避け所であり砦」なのです。

主の臨在の中に留まりなさい。そして、その臨在の中で「物と事」を見るのです。

そうすれば、あなたは「願うところ、思うところ」を超えて働く神の御力を見ることができるでしょう。

主は私の救いです
主は私の大盾です
主こそ私の避け所、砦です