No.671 荒野で心に語ってくださいます

サマリアの井戸

ホセア2:14
それゆえ、見よ。わたしは彼女を誘い、荒野に連れて行って、優しく彼女に語ろう。

荒野に誘って

主は、人を「荒野に誘われる」のです。

「荒野」とは、ヘブル語で「ミドバル」と言います。これは「ダバル(追いやる)」という語から派生した言葉です。人里から離れるというのが本来のニュアンスです。そして、また「ダバル」には「語る」という意味もあるのです。

主は、なぜ人を荒野に誘われるのでしょう?

なぜ、私たちは人生において「荒野」を経験するのでしょう。

荒野とは不毛の地です。水を探すのさえ苦労する場所です。そこでは人間の権力や名声は役に立ちません。

そこでは「ただ生きること」しかできません。つまり、言い換えれば、あなたの気を散らすものは何もないということです。

もし、今、何の実りも感じられないと思うなら…

何をしても堂々巡りだと思うなら…

何をすればいいのか分からないと葛藤しているなら…

それは、もしかすると、主があなたを荒野に誘っておられるのかもしれません。

主は、そこで「優しく語ろう」としておられるのです。

「優しく語ろう」を直訳すると「その心に語ろう」です。

それは、ただ優しく穏やかに語るということではありません。

主は、あなたの「心」に語りたいと望んでおられるのです。「頭」ではありません。「心」に語られるのです。

ですから、荒野では静かにしていなさい。

「どうすればいいのか?」と頭で考えることはやめなさい。

「なぜ、こんなことになったのか」と叫び続けるのはやめなさい。

「どうして荒野に誘われたのか」と不平を言うのはやめなさい。

主が「語られる」のです。主の御声を聞きなさい。

主は、あなたの「心」に語られます。

あなたは、荒野で「考えても考えてもわからなかったこと」を悟るようになります。

あなたは、荒野で「心の底からの回復」を経験するでしょう。

なぜなら、そこでは「主が与えてくださる水」を飲むからです。

あなたは知るでしょう。本当の「いのちの水」の力を。

イエス様も聖霊によって荒野に導かれました。そして、御霊の力を帯びられたのです。

モーセは荒野で羊を飼いました。そこで、燃えないシバの中から、主の御声を聞いたのです。

あなたも、必ず、荒野で「主に出会い」ます。

主は、必ず、あなたの心に語りかけてくださいます。

荒野の経験は、永遠には続きません。必ず終わりが来ます。

主は、荒野で「あなたの心」を完全にご自身のものとされます。

そして、その期間が終わる時、あなたは「主の心」を抱くようになるのです。

荒野で語られる方を感謝します
主よ、私の心にお語りください
たた静まって、あなたを待ちます