黙示録2:4
けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。
自発的に手離したのです
「初めの愛」とは、最初に救われたときの「燃えるような愛」を表わすだけではなく「最上の愛」「最も価値ある愛」をも表します。
なぜ、エペソの教会は「最も良い愛」から離れてしまったのでしょう。
イエス様は、エペソの教会が「離れてしまった」のだと言っておられます。
ギリシャ語では「ἀφῆκες(アフェーケス)」という語が使われています。これは「ある一定の瞬間に自発的に離れた」というニュアンスを含む言葉です。
つまりエペソの教会は「なんとなく忙しさに紛れて忘れてしまった」のではなく、ある時に「自分の意志で離れた」と言うことです。
「離れた」と言うよりは「置き去りにした」「置いて来た」と言った方がいいかもしれません。
エペソの教会は「最上の愛」「最も価値のある愛」を置いて行こうと決めたのです。
彼らは「より高みを目指すため」に「最上の愛」を置いていくことを決めました。そこが「最も高い場所」であることに気付いていなかったのです。
彼らは「初めの愛」から離れて、そして、「落ちた」のです。
主は言われます。
「落ちた地点」があるのです。「置いて行こう」と決めた瞬間が確かにあるのです。
恐らく…
「愛のすり替え」が行われたのだと思うのです。
霊の戦いの主戦場であったエペソの教会は、激しく「戦う教会」でした。パウロがエペソの人々に「霊の戦い」について手紙を書いたのには理由があったのです。それが、彼らには必要だったからです。
エペソの教会は立派に戦いました。イエス様の御名のために忍耐し、耐え忍び、疲れることがありませんでした。しかし、この時点で、彼らにおける「最優先事項」は「戦い」になってしまったのです。
彼らは「最上の愛」よりも「戦い」を選びました。そして、おそらく、それが「正しい事」だと考えたのです。彼らは「最上の愛」と「正しい事」をすり替えてしまったのです。
正しい教理を持つこと、秩序を保つこと、効率よく運営すること…
それらは、大切なことです。けれど「最っとも価値のあること」ではありません。
私は自分のことを省みて怖くなります。
「礼拝」をプログラムどおりに進めることを「優先」している自分…
「するべきこと」を言い訳に「主との交わり」を後回しにしている自分…
それは「最上の愛」よりも「正しい事」を選んでいるということです。
サタンが、常に「悪い事」を使って誘惑してくると考えてはなりません。
サタンが最も得意とする誘惑は「正しい事」を「愛」とすり替えることです。
愛する兄弟姉妹
騙されてはなりません。
「最上の愛」よりも価値のあるものはありません。
けっして「置き去り」にしてはならないのです。「離れてしまう」のは、常に私たちの方です。
落ちた場所に戻りなさい。置き去りにした「愛」を取り戻しなさい。
主は、あなたを決して見捨てられません。
あなたは「最上の愛」を取り戻すことができるのです。
主よ、あなたこそ最上の愛です
主よ、あなたは初めの愛です
主よ、あなたのもとに帰ります

