レビ記1:1
主はモーセを呼び、会見の天幕から彼にこう告げられた。
それは、ともに歩くためです
聖なる全能の神は、イスラエルの人々に「幕屋」を造るようにと命じられました。
モーセの導きのもと、イスラエルは「主が指示されたとおり」に幕屋を造り上げました。
イスラエルは、なぜほかの民と区別されるのでしょう。
それは、彼らの優秀さのゆえではありません。イスラエルが特別なのは「神の臨在」と「神の律法」のゆえなのです。それが、彼らを他の国々と区別するのです。
主は「かれらのうちに住まわれる」ことを選ばれました。ご自身の臨在を「幕屋」のうちに現わすと決められました。イスラエルは、常に「幕屋」とともに歩むのです。
また彼らには「神の律法」が与えられました。「神の臨在」と「神のことば」は決して切り離すことのできないものです。
主は「幕屋」をイスラエルの真ん中に置くことだけで満足はされませんでした。
その後、モーセを呼び寄せ「イスラエルに告げよ」と言われるのです。
「会見の天幕」から、主が直接語られたのが「レビ記」です。そう考えると、レビ記を学んでみたいなぁと思えて来ませんか?
「レビ記」は、人が「どのようにして聖なる神に近づくのか」という方法を記した書です。「礼拝の手引書」などと呼ぶ人もいます。その中心のことばは「聖」と「血」です。
主は、人々の「真ん中」に住むだけで「満足」されませんでした。主は、ただ「祭りあげて置かれる」ことでは満足されないのです。
主は、イスラエルの真ん中に住まれ「彼らとともに歩む」ことを望まれました。
ゆえに、ご自身の臨在の中心である「幕屋への道」を示されたのです。
主は、イスラエルを幕屋のうちへと招いておられます。彼らは、ささげ物を携えて、主の大庭に入るのです。
主は、今、あなたのうちに住んでおられます。あなたを「神の宮」として選ばれました。
私たちは「主に贖われた民」です。主に感謝して「わが神」とお呼びします。
しかし、主は「それだけ」では満足されません。
主は、あなたに「幕の内側」に入ってきて欲しいと望んでおられます。
イエス様が十字架で「神殿の幕」を切り裂いてくださったのは何のためでしょう。
主は、あなたを「至聖所」に招いておられます。あなたが「救われた」のは、実にそのためであることを覚えてください。
聖なる方を偶像の神と同じように扱ってはなりません。私たちの神は「耳も聞こえず、口もきけない偶像」ではないのです。
私たちの神は「ことば」を語られる神です。実際に、私たちに語りかけられ、救いの御手を伸ばしてくださる「現実」の方です。主は、私たちと「語り」「ともに歩く」ことを望んでおられます。
主は、あなたを「そして、呼び寄せ」られます。
聖なる方に近づく方法は、レビ記の時代も、今も、変わりません。
聖なる方の御前には、ただ「血」のみを携えて近づきます。その他のものは不要です。
あなたのうちに住まわれ、あなたを呼び寄せておられる方の御前に、今、ひれ伏しなさい。
ただ「主イエスの血」にのみを携えて近づきなさい。
主は、その「血」を見て、あなたに言われます。
「我が子よ、待っていたよ。よく来たね」
愛する兄弟姉妹。
どうか忘れないでください。
主は、あなたのことも「そして、呼び寄せ」てくださったのです。
主よ、私を呼び寄せてくださって感謝します
イエス様の血潮を感謝します
私は血だけを携えて御前に行きます

