主は計画をお持ちです
当時、イスラエルの民はバビロンに捕囚されていました。
多くの人が「自分は神に見捨てられた」と感じていたのです。
エルサレムから離され、神の神殿からも切り離された…
神は、私を怒っておられる、私は決して祝福されない…
彼らのうちには「絶望感」が蔓延していました。
そのような時、エレミヤは捕囚された人々に手紙を送ったのです。それは、主のことばを記した預言の手紙でした。
主は、自分たちは「見捨てられた」と思っている人々に「わたしがバビロンへ引いて行かせたのだ」と言われます。「バビロン捕囚」は、民の罪の結果です。しかし「見捨てられた証拠」ではありませんでした。それは「計画の一部」であったのです。
主は、ご自身が立てられた計画を「よく知って」おられます。
ここで「計画」と訳された言葉は「緻密な計画」という意味です。
それは「熟練した職人が、緻密な計算のもとに金銀の細工をしたり、精巧な織物を織ったりする場面」で使用されることばです。
主は、あなたの「思いをはるかに超えた計画」を持っておられます。
それは「緻密」な計画で、ちょっとやそっとでは崩れない計画です。
バビロンに連れて行かれた民はみな「自分たちは間違った場所にいる」と感じていました。エルサレムに戻りたいと、みなが思っていたのです。
しかし、主は言われます。
「時」が来るまで、その「置かれた場所」にとどまることです。
たとえ「自分の場所はここではない」と感じていたとしても「時」を確信するまでは留まるのです。
私たちは、主に信頼しましょう。
主が、あなたのために立てておられる計画は「緻密なもの」です。それは、行き当たりばったりの計画ではありません。
主は「計画を練られ」ました。それは「平和(シャローム)」の計画です。
シャロームとは「欠けがない」ということです。
主が、あなたのために「平安を与える計画」を持っておられることを信じなさい。
主は、あなたのために「緻密な計画」を立てられました。そして、それを必ず実現してくださいます。
手を上げて、今、いる場所の平安のために祈りましょう。それが、信頼の応答です。主は、必ず、あなたの信頼に応えてくださいます。
私たちは、主を信頼して祈ります。
主よ、どうか、今、私が置かれているこの場所を祝福してください。主の時が来るまで、私がこの場所の平安を祈り求めることができますように。
主よ、あなたの計画を信頼します
私は、主の計画のうちにいます
主は、私に平安を実現されます

