黙示録12:12
それゆえ、天とそこに住む者たちよ、喜べ。しかし、地と海はわざわいだ。悪魔が自分の時が短いことを知って激しく憤り、おまえたちのところへ下ったからだ。
備えられた場所があるのです
さて、前回は「子羊の血と証しのことばのゆえに竜に打ち勝った」というところまでを学びました。
主イエスの勝利は確定しています。それに伴い、聖徒も勝利します。
悪魔は「自分の敗北」を知っています。しかし、地に投げ落とされたとき、もはや「猶予期間」は残されておらず「完全な敗北」が現実であることを痛感するのです。
悪魔は「激しく憤って」地に下ります。
悪魔は、今も「敵」です。もちろん、今も聖徒を苦しめています。多くのユダヤ人を苦しめています。
しかし、終わりの日の「激しさ」は、これまで以上の「苦しみ」をもたらすでしょう。
ゆえに「天とそこに住む者たちよ、喜べ。しかし、地と海はわざわいだ」と言われるのです。
「男の子」とは、主イエス様のこと、男の子産んだ「女」とは、イスラエルのことですね。
悪魔である竜は、イスラエルを追いかけます。
竜は、今までもイスラエルを追いかけて来ました。ユダヤ人たちが多くの苦しみを経て来たのは歴史的な事実です。竜は執拗に追いかけて来ました。
終わりの時も、竜はイスラエルを追いかけます。今までよりも「激しく」追い迫るはずです。もはや「時が残されていない」のですから、すべての力を振り絞って追いかけるでしょう。
主は、竜がイスラエルを追いつめることをご存知です。すでにイスラエルのために「隠れ場」を用意しておられます。
「荒野」には「神によって備えられた場所」があるのです。
これは、実際に存在する場所です。主は、何千年も前から、終わりの日に、竜から、イスラエルを守る場所を備えておられました。
多くの注解者が、その場所とは「ペトラ」のことであろうと言っています。
「千二百六十日の間、人々が彼女を養うようにと、神によって備えられた場所があった」とは、すでに存在している場所です。その、イスラエルの民が逃亡する場所とは、エドムの地にあるペトラ遺跡です。ペトラはギリシャ語ですが、ヘブル語ではポツラと呼ばれており、ナバテア王国のナバテア人がBC200年ごろからこの土地に住んでいました。ペトラ遺跡のエル・ハズネという遺跡は宝物殿という意味ですが、実はナバデア人の王の墓なのです。ペトラ遺跡の入り口は高い断崖絶壁で、その底の細道(シーク)を1200m歩いていきます。イスラエルの民は、このペトラ(ポツラ)に逃げ込みます。
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細道(シーク)とは、少し分かりにくいですが、以下のような道です。

ペトラ遺跡には、このような細い道を通って行くしかありません。
たどり着くと、その中は広くなっていて、大きな遺跡が残っています。今は、レストランやカフェなどもあるようです。

終わりのとき、イスラエルは、おそらく「ペトラ(ポツラ)」に逃げ込むのであろうと、私も思います。
ミカ書には、このように記されています。
「囲いの中の羊」とは、欄外注釈には、あるいは「ポツラの羊」と記されています。
これが、多くの注解者が「ペトラ(ポツラ)」を備えられた場所とする根拠の聖句となっています。
絶対にそうだとは言い切れませんが、おそらく、そうではないかと思います。
確実なことは、主は「決してイスラエルを見捨てられない」ということです。主は、イスラエルの羊飼いであることを放棄されはしません。
もともと、羊小屋のつくりというのは、細い通路があり、その先に広々とした場所があり、細い通路は一匹ずつしか通れないようになっています。それは羊飼いである牧者が、羊を一匹、二匹と数えるためなのです。
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主は、イスラエルを必ず「みな集められ」ます。たとえ、それが「ペトラ」でなかったとしても、主は必ず「羊の囲い」を用意しておられます。
彼らは、羊の大牧者に導かれ、細道を一人ひとり通って行くでしょう。
どのようにしてかは分かりません。しかし、主は彼らを確実に導かれるのです。
主は養ってくださいます
イスラエルは、主が「備えられた場所」で、主が「備えられた人々」によって養われます。1260日の間、イスラエルは、そこで養われるのです。
イスラエルには「大きな鷲の翼」が与えられます。「二つ(二組)」も与えられるのは、このことが「尋常ではない速さと力」をもって行われるということでしょうか。
主なる神は、常に「大鷲の翼」にイスラエルを乗せて運ばれます。
主は、その昔、大鷲の翼に乗せてイスラエルを運ばれたように、終わりのときにもまた、そうされます。
主は、その昔、荒野でイスラエルを養われたように、終わりの日にも、そうされます。
もう一度、黙示録12章14節を読みましょう。
終わりの時代、イスラエルに「大きな鷲の翼」が与えられるのは何のためにでしょう。
それはもちろん「蛇から逃れるため」です。
しかし、ただ「逃れる」ためだけではありません。イスラエルは「逃れて」かつ「養われる」のです。
私たちの神は、ただ「逃げ道」を造られるだけではありません。その逃げた先での「養い」をも備えてくださる方です。
「さあ、逃がしてやっただろう。あとは自分たちで生き延びよ」などと、決して言われません。主は、逃げた先での「養い」が必要なことをご存知です。そして、彼らが願う前に「すでに」準備をしてくださっているのです。
ペトラに逃げ込んだイスラエルが、どのようにして「養われる」のかは分かりません。ただ「養ってくれる人々」が用意されていることは確かです。
終わりのとき、確かにイスラエルは苦難に遭います。しかし、主は、彼らを「蛇から逃がし養われる」のです。
愛する兄弟姉妹。
終わりの時代のことは、想像するだけで恐ろしいですよね。
しかし、そのような時代にあっても「大鷲の翼」が与えられ「養い」が確約されているのです。
主が、大患難時代にイスラエルを「養う」ことがお出来になるならば、今の時代に生きる私たちを養うことは「もっと簡単」だとは思いませんか。
あなたを「救われた神」は、あなたの「全人生」において計画をお持ちです。
終わりの時代のイスラエルに「隠れ場」を用意し「養い」を備えられた同じ神が、あなたのためにも「備え」を計画しておられます。
イスラエルは、確かに「神のひとみ」です。主は「ご自身のひとみ」のように、彼らを守られます。
けれど、覚えてください。あなたもまた「神の宝の民」であることを。
あなたは「子羊のようなキリストの尊い血」によって贖われました。
あなたのために払われた代価は「キリストの尊い血」なのです。
御子の血を犠牲にしてまで買い取ったあなたを、御父が見捨てることなど決してあり得ないのです。
ですから、イエス様は言われたのです。
私たちは、心配するのをやめましょう。
心配して「物と事」を見続けて人生を無駄にするのはやめましょう。
大患難時代においても「養い」に心を配り備えてくださる方がおられるのです。
私たちは、まず「神の国とその義」を求めましょう。私たちは、すべての力を尽くして「神の国とその義」を求めるのです。
御父の愛を信じましょう。
御子の血の価値を低く見積もってはなりません。私たちは「高価な代価」を払って買い取られたのです。
あなたは「神の宝」であることに自信を持ちなさい。
キリストの血潮によって買い取った宝を、主なる神は絶対に手離すしたりしないでしょう。
「私の目には、あなたは高価で尊い」と言われる方を信じなさい。
主は、あなたを最後まで「養い」続けてくださいます。
竜は海辺に立ちます
イスラエルは、荒野において「一時と二時と半時」不思議な御力によって養われます。
これは、恐らく患難時代の後半の三年半のことでしょう。
悪魔である蛇は、何とかイスラエルを滅ぼそうと必死になります。
この「蛇の口から吐き出される水」とは何でしょう?
いくつかの解釈があります。
私は、この箇所も文字通りに解釈すべきだと考えています。敬虔な者たちがエルサレムから逃げ出そうとすると、悪魔は、実際の水を川のように彼らのうしろに吐き出すのです。その水がどういうものか分かりませんが、大雨を用いるか、海の水を用いるかするのでしょう。~中略~
この箇所に関しては別の解釈もあります。ある注解者たちは、蛇の口から吐き出された水とは、その当時存在する、さまざまな「間違った教え」のことだと考えています。また、「この水は、イスラエルを追跡する大軍のことだ」という解釈があります。どの解釈が正しいかは断定はできませんが、悪魔が、何らかの方法で、エルサレムから逃げて行こうとするイスラエルの民を滅ぼそうとすることはまちがいありません。
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三通りの解釈が記述されています。他にも様々な解釈がありますが、最も多い解釈はこの三つではないかと思います。
まあ、どれも可能性はありますよね。
「水」が本来の「水」を表していて、イスラエルを「大洪水」が襲うとしても、私は、もはや驚きません(笑)
終わりの時代には何が起こっても不思議ではありませんものね。
「間違った教え」というのも、一理あると思います。聖書では「水」は「みことば」の象徴として用いられることがありますから、悪魔が「汚れた水」つまり「間違った教え」でイスラエルを滅ぼそうとすることもあるかもしれません。
ただ私は、個人的には「大軍」がイスラエルに追い迫るのではないかと考えています。
ダニエルは「その終わりには洪水が伴う」と預言しています。
そして、ダニエル書の学びの時に、この「洪水」は「軍隊」のことではにかと解釈しました。
同じように、サタンが「口から吐き出す大水」は「サタンの軍隊」のことではないかと考えます。
ハマスは、2023年にイスラエルを攻撃した際、その作戦名を「アル・アクサの洪水」と呼びました。彼らは、自分たちのことを「我々は洪水だ」と言ったのです。
それが、黙示録の記述に直接的に関係しているとは思いませんが、この世の戦いにおいて「攻撃」が「洪水」と呼ばれたことに、私は少し胸騒ぎを覚えました。
そして、最後の最後まで、悪魔は「人間」を用いてイスラエルを攻撃し続けるのではないかと思ったのです。ですから、私は「蛇の吐き出す水」は、大きな軍勢ではないかと考えているのです。
しかし、もちろん断定はできませんね。
ただ、悪魔が全力でイスラエルを滅ぼそうとすることは間違いありません。
しかし、悪魔の全力をもってしても「イスラエル」を完全に滅ぼすことはできないのです。
この箇所を読むと「本当の洪水」が起こるのかしら…と悩んでしまいますね(笑)
いずれにせよ、主は「奇跡的な方法」でイスラエルを守られます。
しかし、それは新たな悲劇の始まりでもあります。
竜は、ますます激しく怒ります。そして、その怒りは「女の子孫の残りの者」に向けられることになるのです。
「女の子孫の残りの者」とは「神の戒めを守り」「イエスの証しを堅く守っている者」のことです。
すなわち、私たちの兄姉である「聖徒」のことです。
ここから「悪の三位一体」が始まります。
竜は、海辺に立って「海から上って来る一匹の獣」を待っているのでしょう。
そのことは、また次回に学びます。今回はここまで。
シャロームを祈ります。

