ルツ2:3
ルツは出かけて行って、刈り入れをする人たちの後について畑で落ち穂を拾い集めた。それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑であった。
ルツはボアズの畑に導かれました
モアブ人であるルツは、イスラエルのベツレヘムに来たことなどなかったでしょう。
姑であるナオミに連れられ一緒に来ただけなのです。
「落穂拾い」の規定については、ナオミから聞いたのでしょうか?
ナオミと自分の食べる物を得るために、見知らぬ地で、見知らぬ人の中に入って働こうと決めたのです。
ですから、ルツは「ボアズの畑」であることを知りませんでした。
おそらく、目についた「大きな畑」に入ったのでしょう。
そこが「はからずも」買戻しの権利を持つボアズの畑であったということです。
「はからずも」とは、ルツの側からすれば「たまたま」ということです。
そこには何の画策もありませんでした。
ルツの目的は「買い戻してもらうこと」ではなく「落穂を拾うこと」でした。
しかし、主のご計画は「ボアズに買い戻させること」であり、そこから「ダビデ王」に続くことであり、最終的に「救い主」が誕生することでした。
私たちの「救い主」が、モアブ人の女性の経験した「はからずも」によって誕生したのは驚くべきことです。
ルツは言いました。
ルツは、ナオミとナオミの神である主のために、すべてを捨てました。
それは、文字通り「すべて」でした。
ルツは、若い女性の抱く「夢」や「希望」を捨てました。
この時点では、再び結婚できるとは思えなかったはずです。
自分の故郷を捨てました。
イスラエルの地には親戚も友人もいませんでした。
ルツは、自分の故郷の偶像を捨てました。
彼女は、すべてを捨てたのです。
そして、そのようなルツを「イスラエルの神」が抱かれました。
主がルツの「美しさを慕われた」のです。ルツの真心の美しさを愛されたのです。
「はからずも」は、私たちにとっては「予期せぬこと」「思っても見なかったこと」です。
しかし、主にとっては「愛する者への賜り物」です。
異邦人であるルツを、主なる神は愛してくださったのです。
「はからずも」に出会いたいなら、画策するのはやめなさい。
あなたの計画を手離すのです。
すべてを手離し、ただ「主よ、あなたと別れてどこにも行きたくありません」と告白しなさい。
主は「あなたの真心の美しさ」を喜んでくださいます。
主に愛されている聖徒は「はからずも」に出会います。
そして、それは、あなたの綿密な計画より、もっと素晴らしい結果を生み出します。
主よ、私はあなたから離れたくありません
ただ、あなたの御そばにおらせてください