使徒8:23
おまえが苦い悪意と不義の束縛の中にいることが、私には見えるのだ。
不義の束縛が見えます
元魔術師のシモンは、使徒たち(ペテロとヨハネ)が手を置いて祈ると、人々に聖霊が注がれるのを見ました。
驚いたシモンは、使徒たちのところに来て言ったのです。
さて、何が問題なのでしょうか?
「お金」で権威を買おうとしたことは、もちろん大問題です。
しかし、シモンの本当の問題はそこにはありません。
ペテロは言います。
問題はシモンの中にある「苦い悪意」です。そして、彼を縛る「不義の束縛」です。
シモンの中には「人に害を加えてやろう」というような「悪い動機」はなかったと思います。
単純に「あの権威を自分のものにしたい」という欲があっただけでしょう。彼は、御霊の賜物を「自分の名声」のために欲したのです。主イエスの栄光のためではありませんでした。
「苦い悪意」とは、直訳すると「苦い胆汁」もしくは「苦い毒」です。彼の内側には「以前のように注目されたい」という願望があったのでしょう。彼は、かつて「大能と呼ばれる、神の力だ」と称賛されていました。彼の内側には「偉大な者と呼ばれたい」という欲があったのです。それは、サタンと同じ罪です。そして、その毒が彼の内側に蔓延していたのです。
「不義の束縛」とは、直訳すると「不義のひも」です。つまり、不義でグルグルと縛られているということです。偉大な者と呼ばれていたという経験が、シモンを縛りつけていたのです。
シモンは、伝道者ピリポから福音を聞いてバプテスマを受けました。しかし、それでもなお「苦い悪意と不義の束縛」の中にいるのです。
シモンは「過去」を断ち切っていませんでした。つまり、彼の「考え方」は古いままで何も変わっていなかったのです。彼は「高慢」を捨てずに持ち続けていました。「捨てたくなかった」のだと思います。
外側にあらわれる「行為」をいくら変えても「内側」に苦い悪意が蔓延しているならば意味がありません。
シモンが行為を改めたとしても、つまり「お金」を持って来たことを「悔い改めた」としても、何も変わらないということです。
おそらく、シモンは「別の方法」で「権威」を手に入れようとするでしょう。もしかすると「正攻法」と思えるやり方を使うかもしれません。
たとえば、教会で一生懸命奉仕するとか、徹夜で祈るとか…
それは「問題なさそうに見える」でしょう。
しかし聖霊を「行為」で得ることなど決してできません。
彼が「苦い悪意と不義の束縛」の中にいる限り「行為を変えても」結果は同じなのです。
主は心を見られます。サタンの腐敗は「心の中」から始まりました。
問題の解決は「外側」にあらわれる「行為」にはありません。解決は「内側」にあるのです。
私は「新しいいのち」を生きます
私は「心を一新」します
御霊の思いで満たしてください

