2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.609 どんなことでもできるのです その①

昼も夜も黙り込まない

ピリピ4:13
私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。

内側から強められます

「私を強くしてくださる方」とは、もちろん「聖霊」のことです。

「強くする」とは、原語の意味は「内面から力を与える、強くする」です。

聖霊は、「あなたを内側から強くする」ことがおできになります。

ローマ4:20
不信仰になって神の約束を疑うようなことはなく、かえって信仰が強められて、神に栄光を帰し、神には約束したことを実行する力がある、と確信していました。

ここで「強められて」と訳されている語は、ピリピ書で使われている語と同じです。

つまり、アブラハムの信仰は「内側から強められた結果」であるということです。

アブラハムは「自分のからだがすでに死んだも同然である」とわかっていました。それでも「神には約束を実行する力がある」と信じたのです。

アブラハムに「内側から湧きあがる信仰」を起こさせたのが「聖霊」であることは間違いありません。

聖霊が、アブラハムの信仰を「内側から強く」されたのです。

この時代、聖霊は、アブラハムのうちに住んではおられませんでした。それでも、聖霊の力によってアブラハムは「望み得ないときに望みを抱いて信じる」ことができたのです。

私たちは、アブラハムたちが「うらやましく思う時代」に生かされています。なぜなら、私たちは「聖霊の宮」とされているからです。

あなたは、あなたの内側に「聖霊」が住んでおられることを認めないのですか?

あなたの内側におられる方が「神には約束したことを実行する力だある」と確信させてくださることを認めないのですか?

あなたの内側に「山をも動かす信仰」を湧きあがらせる方がおられることを認めないのですか?

愛する兄弟姉妹。

私たちは「信じようとする」ことを今すぐにやめなければなりません。

自分の力で「不可能を可能にする信仰」を持つことなどできないのです。私たちは「自分の信仰を増す」ようなことはできません。

しかし、今、アブラハムの信仰を「内側から強められた方」が、あなたの内におられます。

あなたは「信じることができる」のです。

エペソ6:10
終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

この「強められなさい」も「内側から強められなさい」と言う意味です。

すべては「内側」にあるのです。あなたは「すでに」力の源である方とともに生きているのです。

ですから、自分には「何もない」と言うのはやめなさい。

「私は信じることができない」ということもやめなさい。

「私は何も持っていない」と言うのもやめなさい。

自分を見るのをやめ、周囲と比べることをやめなさい。

すべてが「外側から来る」と期待するのはやめなさい。あなたのうちには「すべての源」である方がおられます。

ただ、胸に手を置きこのように祈ればよいのです。

「天の父よ、約束の御霊を感謝します。私のうちに御霊が住んでおられることを感謝します。聖霊様、私はすべてをゆだねます。どうか、私のうちに満ち満ちてください。聖霊様が私を強くしてくださる方であることを認めます。聖霊様こそすべての源です」

あなたは、あなたを強くしてくださるかたによって、どんなことでもできるのです。

内なる御霊を認めます
聖霊様、満ち満ちてください
すべてをゆだねます