【申命記28:13】
私が今日あなたに命じる、あなたの神、主の命令に聞き従い、守り行うなら、主はあなたをかしらとし、尾とはされない。あなたはただ上になり、下になることはない。
主の御言葉に従うなら
私たちは「尾」ではなく「かしら」とされます。
「尾」とは「しっぽ」のことです。そして「しっぽ」は振り回されるものです。
主の御言葉に聞き従って歩む人は、「振り回される」ことはありません。
「しっぽ」は「頭(かしら)」によって意識して動かすこともできますが、外側からの刺激によって反射的に動くことも多々あります。どちらにしても「動かされる」ことに違いはありません。
主の御言葉に聞き従う人は「かしら」とされます。「かしら」は「考えて」「決断して」「動かす」ことができます。
「かしら」は何にも「振り回され」ません。自分の意志で「動かす」ことができます。「かしら」は「下」にはなりません。誰にも支配されません。
私たちは「動かされて」いるでしょうか?
それとも「動かして」いるでしょうか?
世の中からの刺激によって「振り回されて」いるなら、私は「かしら」ではないのです。
目に見えるものによって「動かされて」いるなら、私は「支配」されているのです。
あの人に言われた言葉
会社でのトラブル
経済的な不安
人間関係の問題
日々、様々な刺激が存在することは否めません。私たちの心は、それらの刺激に反応して「振り回されて」しまいがちになります。
しかし、主の御言葉に聞き従うものは、その刺激に「反応」して生きる必要はないのです。
主の御言葉を聞きましょう。そして、従うのです。そうすれば、主が「かしら」にしてくださいます。私たちは「尾」である必要はないのです。
イエス様は言われました。
イエス様のことばを聞いて行う者は、岩の上に家を建てた賢い人です。
その人は「不動の人」です。何が起きても倒れない人です。大風が吹きつけても大丈夫です。
いつも同じです。昔、イスラエルに命じられたことも、私たちに言われることも。
私たちは、主の御言葉を「聞いて」「従う」のです。
そうすれば、岩の上に家を建てた賢い人になります。
「尾」のように「振り回される」ことはなくなります。
「かしら」として「考えて」「決めて」「動かす」生き方ができます。
イエス様にある人は、御霊以外に「支配」されません。
「下」にはなりません。たとえそのように扱われたとしても、それはサタンの偽りです。サタンは、恐れで私たちを縛りつけます。
周囲の人が何を言おうと、どんな態度を取ろうと笑い飛ばしなさい。
主も一緒に笑らわれます。
覚えてください。
あなたが、主に聞き従っているなら(これは大事です)
あなたは「賢い人」です。
あなたは「尾」ではありません。「振り回されて」生きる必要などないのです。
サタンの偽りを信じてはいけません。
あなたは「下」にはなりません。ただ「上」になるのみです。
「振り回される」のは終わりです!
私は主に聞き従います。
私は「尾」ではなく「かしら」とされます。
私は振り回されません。
私は聖霊様だけに支配されます。