2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.562 マリアは、それを取っておいたのです

朝の木漏れ日

ヨハネ12:7
イエスは言われた。「そのままにさせておきなさい。マリアは、わたしの葬りの日のために、それを取っておいたのです。

その部屋には香油の香りと怒号がありました

マリアがナルドの香油を、イエス様の御足に塗ったとき、その部屋には「香油の香り」が一気に広がりました。

と同時に、ユダの声が響き渡たりました。それは、おそらく怒鳴り声に近かったと思うのです。

ヨハネ12:5
「どうして、この香油を三百デナリで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」

ユダは本当に理解できなかったのだと私は思います。

「なぜ、マリアは、こんな無駄なことをするのだろう」と本気で思っていたはずです。

部屋の中にいた人々の中には、ユダのことばに同調する者もいたかもしれません。実際、ユダの言っていることは「もっとも」なのですから。

「香油の香り」が充満している部屋にいながら、その場にいた人々の心には「苦み」が満ちていくようでした。

美しい絵画のような場面ですが、その部屋には「美しさ」よりも「緊張感」が漂っていたでしょう。

ユダは「正しいこと」を言いました。三百デナリは大金です。多くの施しができたでしょう。それを「一瞬で溶かす」なんて、とても正気とは思えません。

そんなことマリアだって分かっているのです。

ヨハネ12:7
イエスは言われた。「そのままにさせておきなさい。マリアは、わたしの葬りの日のために、それを取っておいたのです。

マリアは、その高価なナルドの香油を「取っておいた」のです。思いつきで献げたわけではありません。

「高価なナルドの香油」を献げたいとマリアは望みました。この香油をイエス様の御足に注ぎたいと彼女は望んだのです。

そして、その日のために「香油を取っておき」ました。

彼女は、その香油を見るたびに「これは、あの方のもの」と思ったでしょう。その香油を見るたびに「イエス様のこと」を考えたでしょう。

マリアが「葬り」について、どこまで理解していたかは分かりません。ただ、イエス様はマリアの行為を「葬りのため」と受け取ってくださいました。イエス様にとって、マリアの香油は慰めであったでしょう。

「正しいこと」「もっともなこと」が、すべて「主を喜ばせること」とは限りません。

あなたが、イエス様に「すべて」を本気で献げるとき、おそらく「混乱」が起こるでしょう。あなたの行為は、周囲に「緊張」をもたらすでしょう。

怒る人も、嘆く人も、諭す人もいるでしょう。

しかし、主イエスから目を離してはなりません。

「施し」ならば、世の中の人々も立派に行っています。

けれど、主イエスに「香油」を注ぐことは、あなたにしかできないことなのです。

あなたの「香油」をイエス様に献げなさい。その「香油」をイエス様は喜んで受け入れてくださいます。

あなたが献げた香油は、主に受け入れられると同時に、あなた自身も包むでしょう。

一瞬で「消え去った」としても、その「香り」はいつまでも続きます。

ナルドの香りは、少しクセがありますが、人々に「落ち着き」をもたらします。

あなたが、ただひざまずき、イエス様に香油を注ぎ続けるならば、いずれ「緊張」は和らぎ「混乱」も落ち着きます。

ユダは去って行きます。そして、同じく、ひざをかかがめる人々が残るでしょう。

主よ、御前にひざまずく幸いを感謝します
主よ、あなたに私自身をささげます
あなたの御前に、よき香りを放つ者としてください