No.191 心は一つにまとめなさい

ラッピングの写真

マタイ6:33
まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。

これらのものとは「生きていくのに必要なこと」です

マタイ6:31
ですから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って、心配しなくてよいのです。

イエス様は「何を食べるか、何を飲むか、何を着ようか、心配するな」と言われます。つまり、生きていくために必要なことについて思い煩う必要はないと言われるのです。

私たちは「生きていくために必要なこと」について、どれほど心配しているでしょうか。

心配とは「心」を「配る」と書きます。日本語は面白いですね。私たちは「心配」することの一つ一つに「心を配っている」のです。

C・H・スポルジョン牧師は言います。

あなたは神のことを考えていればよい。そうすれば、神はあなたのことを考えてくださる。包み紙やとじひもが欲しいなら、もっと高価なものを買えば自然に与えられる。同じように私たちの欲している地上の物はみな、神の国に添えて私たちに与えられる。
主の約束は朝ごとに C・H・スポルジョン著 いのちのことば社

クッキーの缶を買えば美しい包装紙や可愛いリボンでラッピングしてもらえます。つまりスポルジョンは「地上での生活に必要な物は、神の国の包装紙なのだ」と言っているのです。

私たちは「神の国と神の義」を求めましょう。まず第一に「神のこと」を思うのです。

思い煩いは、目的を歪めて誤りに導きます。私たちは「見ているもの」に導かれるからです。あなたが「心配事」を見続けるなら、あなたの目的は「その心配を解決すること」になるでしょう。

それが「経済的な事」であるなら、あなたの目的は「金銭を得る事」になります。それがあなたを導く「目的」となるなら、あなたの行き着く先が危ぶまれます。

「心配するな」と語られる方の声が聞こえませんか。イエス様は「心を配るな」と言っておられるのです。

どうか、あなたの心を「一つにまとめて」ください。そして、その心のすべてを「神の国を思うこと」に注いでください。

そうすれば、あなたが心配する「これらのもの」は、必ず、父なる神が与えてくださいます。

私は一心に主を求めます
神の国とその義をまず求めます
私は心配しません