2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.513 成熟した大人になって、キリストの満ち満ちた背丈にまで達するのです

ペンギンたち

エペソ4:13
私たちはみな、神の御子に対する信仰と知識において一つとなり、一人の成熟した大人になって、キリストの満ち満ちた背丈にまで達するのです。

主は語り合いたいと望んでおられます

主は、私たちが「成熟した大人」になることを望んでおられます。

私たちは「成熟」を目指すべきなのです。

「成熟した大人」になると「キリストの満ち満ちた背丈にまで達する」のです。簡単に言えば「イエス様のようになる」ということです。

ピリピ2:6
キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、

つまり、イエス様は「捨てることができる」と思われたのです。

ご自身の栄光を「捨てることができる」と思われました。

神としてのあり方を「捨てることができる」と思われたのです。

御父が「十字架の死を」と望まれたので、いのちを「捨てる」ことを選択されたのです。

「成熟した大人」とは「捨てることができないとは考えない人」のことです。

自分の「あり方」に固執せず、必要ならば「いのち」すら与えることのできる人です。

「成熟した大人」とは、ただひたすら「御父に従順」である人です。イエス様が「従われた」ように、すべてのことにおいて「従う」ことを選ぶ人です。

エペソ4:14
こうして、私たちはもはや子どもではなく、人の悪巧みや悪賢い策略から出た、どんな教えの風にも、吹き回されたり、もてあそばれたりすることがなく、むしろ、愛を持って真理を語り、あらゆる点において、かしらであるキリストに向かって成長するのです。

成熟した大人は「教えの風」に吹き回されることはありません。

自分の栄光に固執しないので「悪魔の策略」にも振り回されません。

愛を持って真理を語ることができます。

天の父は、私たちが「御子の姿」になることを望んでおられます。

ローマ8:29
神は、あらかじめ知っている人たちを、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたのです。それは多くの兄弟たちの中で御子が長子となるためです。

私たちは「キリストの復活」にあずかります。イエス様が、よみがえられたので、私たちもよみがえるのです。

それと同じように、イエス様のご性質にもあずかることができます。

キリストが「柔和」な方なので、私たちも「柔和」の実を結ぶことができるのです。

私たちはもちろん「永遠に神の子ども」です。しかし、「成長した子ども」となる必要があります。つまりそれが「成熟した大人」です。

主は、ともに立ち上がり、ともに戦う勇士を求めておられます。

ただ「御父」のみに頼り、他の人に「分け与える」ことのできる人を求めておられます。

主は、全地をあまねく見渡して、ご自身と「一つ心」である者を探しておられます。

主は、私たちと「語り合う」ことを望まれます。

アブラハムに、ソドムとゴモラの秘密を分かち合われた方は、私たちにも「秘密」を分かち合いたいと願っておられます。

固い食物は「大人」のものです。主は、大人には大人の「食物」を用意してくださいます。

ですから、私たちは「初歩の教え」にいつまでも留まっていないで、向きを変えて出発しましょう。

「成熟」を目指して進もうではありませんか。

主よ、私を成長させてください
成熟した大人としてください
イエス様の似姿に、日々、変えてください