エペソ4:13
私たちはみな、神の御子に対する信仰と知識において一つとなり、一人の成熟した大人になって、キリストの満ち満ちた背丈にまで達するのです。
主は語り合いたいと望んでおられます
主は、私たちが「成熟した大人」になることを望んでおられます。
私たちは「成熟」を目指すべきなのです。
「成熟した大人」になると「キリストの満ち満ちた背丈にまで達する」のです。簡単に言えば「イエス様のようになる」ということです。
つまり、イエス様は「捨てることができる」と思われたのです。
ご自身の栄光を「捨てることができる」と思われました。
神としてのあり方を「捨てることができる」と思われたのです。
御父が「十字架の死を」と望まれたので、いのちを「捨てる」ことを選択されたのです。
「成熟した大人」とは「捨てることができないとは考えない人」のことです。
自分の「あり方」に固執せず、必要ならば「いのち」すら与えることのできる人です。
「成熟した大人」とは、ただひたすら「御父に従順」である人です。イエス様が「従われた」ように、すべてのことにおいて「従う」ことを選ぶ人です。
成熟した大人は「教えの風」に吹き回されることはありません。
自分の栄光に固執しないので「悪魔の策略」にも振り回されません。
愛を持って真理を語ることができます。
天の父は、私たちが「御子の姿」になることを望んでおられます。
私たちは「キリストの復活」にあずかります。イエス様が、よみがえられたので、私たちもよみがえるのです。
それと同じように、イエス様のご性質にもあずかることができます。
キリストが「柔和」な方なので、私たちも「柔和」の実を結ぶことができるのです。
私たちはもちろん「永遠に神の子ども」です。しかし、「成長した子ども」となる必要があります。つまりそれが「成熟した大人」です。
主は、ともに立ち上がり、ともに戦う勇士を求めておられます。
ただ「御父」のみに頼り、他の人に「分け与える」ことのできる人を求めておられます。
主は、全地をあまねく見渡して、ご自身と「一つ心」である者を探しておられます。
主は、私たちと「語り合う」ことを望まれます。
アブラハムに、ソドムとゴモラの秘密を分かち合われた方は、私たちにも「秘密」を分かち合いたいと願っておられます。
固い食物は「大人」のものです。主は、大人には大人の「食物」を用意してくださいます。
ですから、私たちは「初歩の教え」にいつまでも留まっていないで、向きを変えて出発しましょう。
「成熟」を目指して進もうではありませんか。
主よ、私を成長させてください
成熟した大人としてください
イエス様の似姿に、日々、変えてください

