No.19 主の目の中の恵み

眼鏡の中の風景

【創世記6:8】
しかし、ノアは主の心にかなっていた。

それは困難な時代でした

ノアが生きていた時代、それは困難な時代でした。

創世記6:11~12
地は神の前に堕落し、地は暴虐で満ちていた。神が地をご覧になると、見よ、それは堕落していた。すべての肉なるものが、地上で自分の道を乱していたからである。神はノアに仰せられた。「すべての肉なるものの終わりが、わたしの前に来ようとしている。地は、彼らのゆえに、暴虐で満ちているからだ。見よ、わたしは彼らを地とともに滅ぼし去る。

人々は神様の御前に堕落していました。

ゆえに「すべての肉なるものの終わりが来ようとしている」と主は言われたのです。

ノアのように終わりの時代、困難な時代を私たちは生きています。

Ⅱテモテ3:1~5
終わりの日には困難な時代が来ることを、承知していなさい。そのときに人々は、自分だけを愛し、金銭を愛し、大言壮語し、高ぶり、神を冒涜し、両親に従わず、恩知らずで、汚れた者になります。また、情け知らずで、人と和解せず、中傷し、自制できず、粗野で、善を好まない者になり、人を裏切り、向こう見ずで、思い上がり、神よりも快楽を愛する者になり、見かけは敬虔であっても、敬虔の力を否定する者になります。こういう人たちを避けなさい。

人々は自分だけを愛するものとなります。

神よりも快楽を愛するようになります。

そして、見かけは敬虔に見えるのです。

今、世の中には中傷する言葉が満ちています。

人々は傷ついています。そして、傷つけています。

人々は騙します。そして、騙されます。

Ⅱテモテ3:13
悪い者たちや詐欺師たちは、だましたり、だまされたりして、ますます悪に落ちて行きます。

ノアは、困難な時代に「主の心にかなっていた人」でした。

「心にかなっていた」とは直訳すると「主の目に恵みを見出した」となります。

世の中が悪に傾いていくとき、ノアは主を見上げました。

世の中のどこに良い物があるのだろうと思えるとき、ノアは「主の目に恵みを見出した」のです。

どうすれば困難な時代、主の心にかなう歩みができるでしょう。

ノアのように歩むことです。

周りを見ず、主の目だけを見て歩むことです。

良い事を探すのではなく、良い方を見つめるのです。

主の「恵み」は尽きることがありません。

これから、ますます困難な時代が来ます。

主を見上げて歩みましょう。

主の目の中に恵みを見出しながら。

詩篇34:8
味わい 見つめよ。
主がいつくしみ深い方であることを。
幸いなことよ 主に身を避ける人は。

私は主を見つめます。
主のうちにある恵みを見て歩みます。