2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.552 私は「個人的に」土台を据えねばなりません

岩の上に立つ教会

Ⅱ歴代誌24:2
ヨアシュは、祭司エホヤダが生きている間は、主の目にかなうことを行った。

ヨアシュ王は、自分の信仰を持っていなかったのです

ヨアシュは、七歳で王様になりました。

祭司エホヤダは、幼い王をよく導きました。ヨアシュにとっては、良い父親のような存在であったのだろうと思います。

Ⅱ歴代誌24:2
ヨアシュは、祭司エホヤダが生きている間は、主の目にかなうことを行った。

つまり、言い方を変えれば、祭司エホヤダ亡き後、ヨアシュは「主に背いた」のです。

祭司エホヤダが生きている間、ヨアシュは「模範的な信仰者」でしした。

主の宮を「新しく」することを志し、主の宮を修繕することに熱心に励んだのです。

しかし、ヨアシュ王の最期は「悲劇」でした。

彼は、熱心に修繕していた「主の宮」を捨てました。そして、アシェラとその偶像に仕えました。

主は、警告のために預言者を遣わされましたが、ヨアシュは耳を貸そうとしませんでした。

祭司エホヤダの息子が忠告しても、ヨアシュは聞き入れませんでした。それどころか、石で打ち殺したのです。

主は、ヨアシュにさばきを下されます。ヨアシュは、戦いで重傷を負い、その上、家来たちの謀反によって殺されます。

どうして、このようなことになってしまったのでしょう。

もちろん、原因は一つではないでしょう。

しかし、明確なことは「ヨアシュには自分の信仰がなかった」と言うことです。

ヨアシュの信仰は「祭司エホヤダに依存した信仰」だったということです。

「誰かに」もしくは「何かに」依存した信仰では、最後まで走り抜くことはできません。

私たちはみな、個人的に「イエス様との関係」を築かなくてはならないのです。

愛する兄弟姉妹。

私たちは、互いに愛し合いましょう。支え合いましょう。重荷を負い合いましょう。

私は、あなたのために祈ります。

けれど、あなたに代わって「信じてあげる」ことはできないのです。

私たちは、誰かの代わりに「主との関係を築く」ことはできないのです。

聖徒はみな「一つ」ですが、主の御前には「一人で」行かねばなりません。

「誰が」いなくなっても「何を」失っても、それでも「主イエスがおられる」ことが、あなたの支えとなるでしょうか。

つまり、あなたの「土台」は、主イエスご自身でしょうか。

Ⅰコリント3:11
だれでも、すでに据えられている土台以外のものを据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。

どれだけ「立派なもの」を建て上げたとしても、その土台が間違っていたならば、終わりのとき、すべてを失うことになるでしょう。

私は、今一度、自分が「主イエスだけ」に依存しているのか確認せねばなりません。

私は、イエス様だけにより頼みます
私の救いと栄光は神のうちにあります
私は、主を信頼します