イザヤ11:9
わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、滅ぼさない。主を知ることが、地をおおう水のように地に満ちるからである。
千年王国においては…
千年王国においては、この地に「平和」が満ちています。
何も「害を加えず」「滅ぼさない」のです。
このようなことが、今起こったとしたら大惨事でしょう。
しかし、千年王国においては「大丈夫」なのです。
それは、なぜでしょう?
コブラに毒がなくなったからでしょうか?
マムシが狂暴でなくなったからでしょうか?
確実に「狂暴性」はなくしているとは思います。もしかしたら「毒性」もないのかもしれません。しかし、それは、最も大きな理由ではありません。
最も大きな理由は「主を知ることが満ちたから」です。
これらの猛獣、毒のあるものなどすべては「害を加えず」「滅ぼさない」と記されています。
なぜなら「主を知ることが、地をおおう水のように地に満ちるから」です。
これが千年王国の描写であることは分かっています。
しかし、千年王国であろうと、今の時代であろうと「平和の秘訣」が変わることはありません。
なぜ、教会で「害を加え」「滅ぼす」ことが起こるのでしょう。
なぜ、家庭において「害を加え」「滅ぼす」ようなことが行われるのでしょう。
私たちは、教会に平和を望みます。愛が溢れる家庭を求めています。
しかし、実際、私たちは、傷ついてしまっています。みなが傷を負っているようです。
平和を求めているのに、なぜ、このようなことになってしまうのでしょう?
それは「主を知ることが満ちていないから」なのです。
「主を知ることが、地をおおう水のように地に満ちるからである」とイザヤは言っています。
主を知るとは「主の知識を得る」ということです。つまり「主ご自身」について「知る」ことです。
体験、経験は確かに大切です。主を「感じること」は素晴らしいことです。
しかし、主を「知る」とは、もっと基本的なことなのです。
あなたは、まず聖書に記されている「主なる神」を「知る」必要があります。
「こんな感じ」ではなく、はっきりと「何と記されているのか」を知らねばなりません。そして、その上で「信じる」のです。
まずは、私の心が「主を知ること」で満ちますように。心に満ちていることを口が話すのです。私は、主のことばを心から語りたいのです。
あなたの心が「主を知ること」で満ちますように。
私たちが、主への知識に満ちるなら「害を加える」ことも「滅ぼすこと」もなくなると私は信じているのです。
主よ、みことばを感謝します
主について知ることができる聖書を感謝します
みことばを教えてください

