Ⅱ歴代誌24:17
エホヤダの死後、ユダの首長たちが来て、王を伏し拝んだ。それで、王は彼らの言うことを聞き入れた。
ヨアシュの心は「伏し拝まれて」なびいたのです
ヨアシュは、七歳で王になり、その後見人である祭司エホヤダが生きている間は「主に仕えた」のです。
ヨアシュ王の信仰が「祭司エホヤダ」に依存していたことは確かです。ヨアシュは「主と個人的な関係」を築いてはいませんでした。
ヨアシュが偶像礼拝に陥ったのは、おそらく、それが第一の理由でしょう。
けれど、理由は一つだけではありません。
祭司エホヤダを失ったヨアシュ王は、とても不安定な状態でした。サタンは、そこに付け込んだのだろうと思います。
ユダの首長たちは「伏し拝む」ことで、ヨアシュ王の心を盗んだのです。
信仰が確立していないヨアシュに取り入るのは、とても簡単なことだったでしょう。ヨアシュは「伏し拝まれて」気をよくし、首長たちに「利用されて」しまったのです。
ユダの首長たちは、自分たちの利益のために「外国の神々」を輸入したかったのでしょう。
ヨアシュは、彼らの「言うことを聞き入れて」主の宮を捨て、偶像に仕えたのです。
敵が狙いやすい人とは「人のことば」によって歩んでいる人です。
そのような人は、簡単に「人のことば」によって信仰を失います。
ヨアシュは、まさに「そのような人」でした。彼の心には「主のことば」が根付いてはいなかったのです。
ですから、いとも簡単に「伏し拝まれて」利用されたのです。
人の「ほめる言葉」に心を奪われてはなりません。
人の「けなす言葉」に動揺してはなりません。
敵は「ほめたり」「けなしたり」して、あなたの心を盗みます。あなたが「自分自身」や「誰か」に目を向けるようにと画策しているのです。
「人のことば」に注目するのはやめなさい。
「誰か」に言われた「よいこと」を支えにするのはやめなさい。
「誰か」に言われた「悪いこと」を繰り返し思うのはやめなさい。
人の「ほめる言葉」も「けなす言葉」も、あなたの心に根付かせてはなりません。特に「お世辞」や「ほめ言葉」には注意することです。
キリストには代えられません
有名な人になることも
人のほめる言葉も
この心をひきません
世の楽しみよ去れ 世の誉れよ行け
キリストには代えられません 世の何ものも
(聖歌521番)
私たちは、ただ、イエス様だけを一心に見つめ、その御言葉だけに注目して歩みましょう。
私はイエス様から目を離しません
キリストには代えられません
世の何ものも

