ルカ15:10
あなたがたに言います。それと同じように一人の罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちの前には喜びがあるのです。
それは絶対に無理だと思いました
「コーヒーを一杯いかがですか?」と誘われたとき、コーリー・テン・ブームは、とても喜んだのです。
教会で出会った若い姉妹たちが、自分たちの家に「ぜひお越しください」と招待してくれたのです。もちろん、断る理由なんてありません。疲れた身体に「一杯のコーヒー」はたいへん魅力的でした。
しかし、ほんの数分後、コーリーは絶望することになるのです。
「ここです。このアパートの一番上が私たちの家です」
そう言って、彼女たちが指差した先にあったのは「10階建てのアパート」でした。
今は分かりませんが、少なくとも、当時のデンマークにはエレベーターのない「10階建てのアパート」が存在したのです。
もちろん、コーリーは「ひるみ」ました。絶対に上ることはできないと思いました。しかし、姉妹たちが熱心に勧めるので仕方なく上り始めました。
けれど、もちろん無理だったのです。コーリーは、5階まで上ったところで座り込んで動けなくなってしまいました。
「ああ、主よ。私は80歳をすぎた身なのです。朝から一日中、説教をして、なぜ、今、このような階段を上らなければならないのでしょう。私は、今、とても不幸です」
コーリーのつぶやきも、もっともでしょう。なぜ「一杯のコーヒー」のためにこんな苦労をしなければならないのでしょうか。
しかし、そのとき、主はコーリーに言われたのです。
それから私は神の御声を聞いた。それは、私の心臓の音よりも高かった。「大きな祝福があなたを待っている…、天の使いたちに喜びを与える働きがあなたを待っている…」と。
主のための放浪者 コーリー・テン・ブーム著 いのちのことば社
コーリーは、そびえ立つ階段を見上げました。少なくとも「100段」はあるように見えました。
とても上まで辿り着けそうにない…、けれど、本当に、天使を喜ばせる働きが待っているならば「行かねばならない」とコーリーは思ったのです。
主は、コーリーを「10階」まで導いてくださいました。
部屋の戸を開けると、出迎えてくれたのは、その姉妹たちのご両親でした。彼らは「ごちそう」を用意して待っていてくれたのです。
そして、もちろん、もうお分かりでしょう?
「ごちそう」も素晴らしいものですが、天の御使いを喜ばせる働き、すなわち「たましいの救い」がその日、もたらされたのです。
コーリーの導きによって姉妹たちの両親は二人とも、その日、イエス様を心にお迎えし救われました。
私たちにも「自分はいったい何をしてるのだろう」「なぜ、このような目に会うのだろう」と思うことがありますよね。
つぶやきたくなるとき、不平が口からあふれでそうになるとき、一旦、立ち止まって見てください。
あなたにも、きっと主の御声が聞こえるでしょう。
主は、あなたの状況をご存知です。主は、あなたの心の状態も身体の状態もご存知です。
それでも「あえて」何かをせよと言われるのなら、そこには必ず目的があるのです。
あなたの「もう無理だ」のその先に、もしかすると「天使を喜ばせる働き」が待っているかもしれません。
「できないこと」は「不可能なこと」ではないのです。
主よ、あなたの御声を聞かせてください
主よ、私を遣わしてください
救いを運ぶ器としてください

