ホセア2:15
わたしはそこを彼女のためにぶどう畑にし、アコルの谷を望みの門とする。その場所で彼女は答える。若いころのように、エジプトの地から上って来たときのように。
嘆きは賛美に変えられます
主は、人を荒野へと誘われます。
主は、何もない荒野で、あなたの心に語りかけられます。
あなたは、そこで回復し、再び、ただ主だけを見つめて歩くようにされます。
「そこを彼女のためにぶどう畑にし」とは、直訳すると「そこから、彼女にぶどう畑を与える」です。
「そこを」と訳されている原語は、「そこから」「そのときから」「その結果として」という意味の語です。
「その結果として」つまり、主との関係が回復された結果として、荒れ果てた「ぶどう畑」が回復され、再び、豊かな収穫を得るようになるのです。
アコルの谷とは「わざわいの谷」「苦難の谷」「呪いの谷」という意味です。
アカンが「聖絶のもの」を自分のものとし、イスラエルがアイに敗北を喫した事件が思い起こされます。
そこは「最も悲惨な場所」と言えます。それは「苦痛の記憶」です。「恥の記憶」です。
もう思い出したくない過去の記憶です。
あなたの中にもあるでしょうか?
なかったことにしてしまいたい過去の罪…
赦されたことは「分かっている」けれど、時々「フッと」亡霊のように現れる過去の残像…
もう「赦されたのだ」と知っているけれど、どこかで「自分は幸せになってはいけない」と思ってしまうのです。自分の人生が「こんなもの」なのは仕方がない、赦されただけ感謝じゃないかと言いながら何とか生きているのです。
過去は、確かに消えません。主は、私たちの罪を「忘れて」くださいますが、自分の心が忘れないのです。
しかし、覚えてください。
あなたのうちにある「アコルの谷」がどのようなものであったとしても…
主は、そこを「望みの門」に変えられるのです。
最も忌まわしい過去の記憶、もちろん、そのようなことは「なければ」良かったのです。
しかし、主は「その記憶」を望みの門、希望の入り口とすると言われるのです。
「御手の中ですべてが賛美に変わる」ことを、あなたは信じますか?
「その場所で彼女は答える」
「答える」とは「歌う」と訳すことができます。
あなたは、その場所で「歌う」ようになります。
イスラエルが「アコルの谷」でモーセの歌を歌うように、あなたは「子羊の歌」を歌うのです。あなたは「十字架」が「望みの門」を開いたことを確信するでしょう。
主が荒野に誘われたならば、素直に応じなさい。
主は、あなたの心に語りかけられます。
主が、あなたの心を、完全にご自身のものとされたとき、あなたの「アコルの谷」は「望みの門」に変わります。
あなたのぶどう畑は豊かに実ります。あなたは喜びに満たされるでしょう。
そして、あなたは「望みの門」に立ち、高らかに歌うでしょう。
主は、あなたの口に新しい賛美を創造してくださいます。
主よ、すべてが賛美に変えられることを信じます
私は、あなたと荒野に行きます
主よ、心にお語りください

