No.638 屠られた子羊こそ「ふさわしい」のです

子羊イエス

黙示録5:12
彼らは大声で言った。「屠られた子羊は、力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美を受けるにふさわしい方です。

イエス様は「屠られた子羊」です

万の数万倍、千の数千倍の御使いたちが大声で言います。

黙示録5:12
彼らは大声で言った。「屠られた子羊は、力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美を受けるにふさわしい方です。

御使いは「屠られた子羊こそふさわしい」と叫びます。

「ふさわしい」というギリシャ語の本来の意味は「天秤の2つの皿の重さが完全に釣り合っていること」です。

つまり、御使いたちは「屠られた子羊」と「力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美」は、完全に「釣り合っていいる」と宣言しているのです。

イエス様は「この世界とその中にあるすべてのものを造られた方」です。全能の神なのです。ゆえに、もともと「すべて」が主なる神には「ふさわしい」のです。

けれど、御使いたちは、あえて「屠られた子羊」こそが「ふさわしい」と宣言しているのです。

「屠られた子羊」とは、この世界にあって「最も無力なもの」です。「子羊」であるだけで、すでに弱々しさをかんじますよね。けれど、イエス様は、ただ子羊であられるだけでなく「屠られた」子羊です。主は、何の抵抗もせず黙って「屠り場に引かれていく子羊」でした。

ピリピ2:6
キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、

主イエスは「神としてのあり方」を捨てられました。つまり「ふさわしさ」を捨てられたのです。

イエス様は「神のあり方」を捨て、その代わりに「屠られた子羊」となることを選ばれました。

愛する兄弟姉妹。

主イエスは、贖いを完了され、天のところにおられます。しかし、今なお「屠られた子羊」のままです。

なぜなら、「傷と血のあとを持つ子羊」こそ、天における最も「栄光に満ちた姿」だからです。

サタンには、永遠に理解できないでしょう。世の価値観に染まった人々にも理解できないことでしょう。

しかし、御父は「屠られた子羊」にこそ「力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美」が釣り合うと認められたのです。その他のどんな被造物も、それらの七つを受けるには「目方が足りない」のです。

あなたは「屠られた子羊」が、天における栄光の姿であることを信じますか?

世の中は「高く高く」上がることを栄光と呼びます。サタンは、そうして落とされたのです。

イエス様は「低く低く」よみにまで下られました。そして「力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美」にふさわしいと認められたのです。

固執せず「捨てる」こと、自らの「いのち」をさえ自分自身で保とうとしないこと、イエス様が「ふさわしさ」を勝ち得た方法は、世とはまるっきり違う方法でした。

天に「屠られた子羊」がおられることを覚えなさい。

何かを得たいと思うなら「屠られた子羊」を見上げなさい。

「屠られた子羊」こそ「ふさわしい」と告白しなさい。

世の誉れは、最後には「滅びる」のです。

しかし、屠られた子羊は永遠に「力と富と知恵と勢いと誉れと栄光と賛美を受けるにふさわしい方」です。

屠られた子羊を見上げます
主よ、あなたこそふさわしい方です
主イエスよ、あなたにすべてをささげます