Ⅰヨハネ2:14a
幼子たち。私があなたがたに書いてきたのは、あなたがたが御父を知るようになったからです。
幼子とは御父を知る者です
使徒ヨハネは言います。
「幼子」とは「御父」を知るようになった人のことです。
信仰の歩みは、まず全能なる神を「天の父」として知ることから始まるのです。
イエス様は「天の父」を知らせるために来てくださったのです。
「父のふところにおられる」と訳されていますね。
これは、イエス様が地上に来られる前だけ「父のふところにおられた」のではなく、地上に来られた今も「父のふところにおられる」という意味です。
つまり、イエス様は「御父のふところにいるままのひとり子の神」として、父なる神を説き明かされたということです。
イエス様は「絶対的な信頼感」のもと地上を歩まれました。
常に「父のふところ」にあるという確信をもって生きられました。
イエス様は「父」としての神を説き明かされたのです。神を「父」として説き明かすことができるのは「ひとり子の神」だけです。
愛する兄弟姉妹。
イエス様が仲介してくださった「唯一の神」と、あなたは出会いましたか?
あなたは、神を「天の父」として知りましたか?
もし、あなたが「天の父」を知っているのなら、なぜ、そんなにも不安な顔をしているのでしょう?
もし、あなたが「天の父」を知っているのなら、なぜ、この世の過ぎ去るものに目を奪われているのでしょう?
あなたは「主にある幼子」ですか?
長い間、信仰生活を送っていても「御父」を知らないということはあり得るのです。
私たちは、まず「天の父」を知ることを求めましょう。
イエス様が持っておられたような「絶対的な信頼」に歩むことは可能なのです。主は「世の与えるのとは違う平安」を約束してくださったのです。
もし、私がそれを持っていないのなら、私は「御父のふところ」を本当の意味では知らないのです。
主よ、今、もうひとたび、どうか説き明かしてください。
私は、父なる神を知りたいのです。知ったつもりではなく、本当に全身全霊で知りたいのです。
イエス様が「神のふところ」に絶えずおられたように、私も「御父のふところ」にあることを教えてください。
どうか、どんなときでも、あなたの臨在から離れることのない者としてください。
私は主にある幼子です
天の父を感謝します
御父の愛を感謝します

