ピリピ4:13
私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。
内側から強められます
「私を強くしてくださる方」とは、もちろん「聖霊」のことです。
「強くする」とは、原語の意味は「内面から力を与える、強くする」です。
聖霊は、「あなたを内側から強くする」ことがおできになります。
ここで「強められて」と訳されている語は、ピリピ書で使われている語と同じです。
つまり、アブラハムの信仰は「内側から強められた結果」であるということです。
アブラハムは「自分のからだがすでに死んだも同然である」とわかっていました。それでも「神には約束を実行する力がある」と信じたのです。
アブラハムに「内側から湧きあがる信仰」を起こさせたのが「聖霊」であることは間違いありません。
聖霊が、アブラハムの信仰を「内側から強く」されたのです。
この時代、聖霊は、アブラハムのうちに住んではおられませんでした。それでも、聖霊の力によってアブラハムは「望み得ないときに望みを抱いて信じる」ことができたのです。
私たちは、アブラハムたちが「うらやましく思う時代」に生かされています。なぜなら、私たちは「聖霊の宮」とされているからです。
あなたは、あなたの内側に「聖霊」が住んでおられることを認めないのですか?
あなたの内側におられる方が「神には約束したことを実行する力だある」と確信させてくださることを認めないのですか?
あなたの内側に「山をも動かす信仰」を湧きあがらせる方がおられることを認めないのですか?
愛する兄弟姉妹。
私たちは「信じようとする」ことを今すぐにやめなければなりません。
自分の力で「不可能を可能にする信仰」を持つことなどできないのです。私たちは「自分の信仰を増す」ようなことはできません。
しかし、今、アブラハムの信仰を「内側から強められた方」が、あなたの内におられます。
あなたは「信じることができる」のです。
この「強められなさい」も「内側から強められなさい」と言う意味です。
すべては「内側」にあるのです。あなたは「すでに」力の源である方とともに生きているのです。
ですから、自分には「何もない」と言うのはやめなさい。
「私は信じることができない」ということもやめなさい。
「私は何も持っていない」と言うのもやめなさい。
自分を見るのをやめ、周囲と比べることをやめなさい。
すべてが「外側から来る」と期待するのはやめなさい。あなたのうちには「すべての源」である方がおられます。
ただ、胸に手を置きこのように祈ればよいのです。
あなたは、あなたを強くしてくださるかたによって、どんなことでもできるのです。
内なる御霊を認めます
聖霊様、満ち満ちてください
すべてをゆだねます

