ヨハネ16:7
しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのです。去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はおいでになりません。でも、行けば、わたしはあなたがたのところに助け主を遣わします。
それは「有利」だということです
イエス様が「わたしは去って行く」と言われたとき、弟子たちは、はっきりとその意味を悟ることができなかったでしょう。
彼らは「何を話しておられるのか、私たちには分からない」と言っていました。
けれど、そのただならぬ雰囲気だけは感じ取っていて、彼らの心は「悲しみ」で満たされました。
しかし、イエス様は「わたしが去って行くことは、あなたがたの益になる」と言われたのです。
「益になる」とは「有利になる」と言う意味です。つまり、イエス様が去って行くことは、弟子たちにとって「得である」と言うことです。
「有利だ」とか「得になる」とか、そういうことを言われると、なんだか「打算的」に思えて敬遠してしまうでしょうか。
けれど、私たちの神は「合理的な方」です。
弟子たちが「損得じゃないんだ、私たちはイエス様を愛している。イエス様じゃなきゃ嫌だ」と叫んだとしても、イエス様が十字架に架かり、天に昇られることを阻止することはできません。
私たちは時々「感情的なもの」を「愛すること」と混同してしまいます。
聖書は「計算すること」を禁じてはいません。「損か得か」を量ることは必要なことです。ただ、その量りが「この世のもの」でないことが条件です。
イエス様がずっと地上におられて、今まで通りみんなで、忙しいながらも楽しく暮らしていけたなら…
しかし、それは「損になる」と、主は判断されたのです。
イエス様が去って「聖霊が来られる」ことこそ「益」なのです。
聖霊が来られることは、あなたがこの世で生きることを「有利」にします。
聖霊が来られることは、あなたにとって「得」なのです。
恐らく弟子たちは「聖霊を受けて」はじめて、イエス様が言われたことを理解したでしょう。
「なぜ、悲しみを味わうのか」「なぜ、こんな目に会うのか」「なぜ、置いて行かれたのか」
すべての疑問は「聖霊」が明らかにされるのです。「聖霊」は「真理の御霊」です。すべての真理に導き入れる方です。
聖霊を受けなさい。聖霊に満たされなさい。聖霊に導かれなさい。
そうすれば「有利だ」と言われた意味が分かります。「得だ」と言われた意味が分かります。
置いて行かれたような、突き放されたような、行き場のないすべての思いは、聖霊様が解決してくださいます。
そして、その時、私たちは知ります。
今まで起こったすべてのことが「神の愛」のうちにあったということを。
神の「合理的」は「愛のうち」に含まれているのだということを。
つまり、神の動機は「すべてが愛である」ということです。
聖霊は、あなたにすべてを明らかにしてくださいます。
もう一人の助け主を感謝します
聖霊様、私をすべての真理に導き入れてください
私は御霊に導かれて歩みます

