2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.598 「不平不満」が心を硬くするのです

山を歩く

ヘブル3:7~8
ですから、聖霊が言われるとおりです。「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない。荒野の試みの日に神に逆らったように。

心を頑なにしてはならないのです

「心を頑なにするな」とは、直訳すると「心を硬くするな」です。

「心」というものは「硬くなる」ものなのです。

また、聖書は「頑なにしてはならない」と言っています。つまり、それは「自主的に」頑なにすることができるということです。

そこには「進んで頑なにする」というニュアンスが含まれています。

「荒野での試みの日」とは、いつのことでしょう。

それは、イスラエルが「水がない」とわめき散らし、主がモーセに命じて「岩から水」を湧き出させた「あの日」のことです。

出エジプト17:7
それで、彼はその場所をマサ、またはメリバと名づけた。それは、イスラエルの子らが争ったからであり、また彼らが「主は私たちの中におられるのか、おられないのか」と言って、主を試みたからである。

「マサ」とは「試み」、「メリバ」とは「争い」という意味です。

あろうことか、イスラエルは「主を試み」「主と争った」のです。

これが「心を硬くした者の態度」です。人は、誰かと「争う」とき、その態度を「硬化」させます。私たちが、主と「争う」とき、私たちは「主に対して硬化している」のです。

しかし、なぜ、イスラエルは「心を硬く」してしまったのでしょう。

それは、彼らのうちに沸き上がった「不平不満」が原因なのです。

出エジプト17:3
民はそこで水に渇いた。それで民はモーセに不平を言った。「いったい、なぜ私たちをエジプトから連れ上ったのか。私や子どもたちや家畜を、渇きで死なせるためか。

イスラエルは、「渇き」のゆえに「不満」を感じました。そして、彼らは「不平」を言ったのです。

彼らの「不平不満」は、彼らの「心」をどんどん硬化させました。自分たちの「不平不満」に煽られてしまって、モーセやアロンの声を受け入れることができなくなったのです。

そして、彼らは言ってしまったのです。

「主は私たちの中におられるのか、おられないのか」

彼らの心は「不満」で膨れ上がり、もはや「望んだとおりの物」を得るまでは引き下がれないと感じていました。彼らは「不平不満」を育てることを選び、自ら「心を硬く」していったのです。

「心が硬く」なる原因は「不平不満を育てること」です。

「不平不満」を軽く見てはなりません。

もし、あなたが心に「不平不満」の種を持ち、それを育てることを自分に許可してしまうなら、必ずいつか「硬い心」になるでしょう。

「心を頑なに」してはなりません。あなたの心を「硬い心」に育て上げてはなりません。

聖書は「不平不満」ではなく「感謝に満ちよ」と言っています。

それは「心を硬く」しないためなのです。

ヘブル3:7~8
ですから、聖霊が言われるとおりです。「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない。荒野の試みの日に神に逆らったように。

すべてのことに感謝します
主の良くしてくださったことを忘れません
どうか御霊の声を聞かせてください