2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.595 賛美は「超自然の力」によって創造されるのです

咲き誇る花

イザヤ57:19
私は唇の実を創造する者。平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。わたしは彼を癒す。
ー主は言われるー

唇の実を創造されます

イスラエルは、不正な利得つまり自分の都合のために、主に背きました。彼らは、主に聞き従わず、自分勝手な道をひたすらに歩んでいました。

イザヤ57:17~18
彼の不正な利得のために、わたしは怒った。わたしは顔を隠して彼を打ち、そして怒った。しかし彼はなおも背いて、自分の思う道を行った。彼の道を見たが、それでもわたしは彼を癒す。わたしは彼を導いて、彼とその嘆き悲しむ者たちに、慰めを報いる。

主は、そのような彼らの道を見て、それでもなお「わたしは彼を癒す」と言われます。

主は、私たちの道をご覧になりました。私たちの背きの罪をすべて知っておられます。しかし、それでも、なお御手を差し伸べ、私たちを「癒して」くださいました。

そして「癒された者」のしるしがここで語られます。

イザヤ57:19
私は唇の実を創造する者。平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。わたしは彼を癒す。
ー主は言われるー

主は、唇の実を「創造される方」です。

ここで「創造する」と訳されている語は、ヘブル語の「バーラー」です。これは、創世記1章1節の「創造された」と同じ語です。つまり「神の超自然的な力による創造」ということです。

「癒された者」は「唇の実」を「創造」されるのです。

「唇の実」とは何でしょう?

ヘブル13:15
それなら、私たちはイエスを通して、賛美のいけにえ、御名をたたえる唇の果実を、絶えず神にささげようではありませんか。

ヘブル書の著者は「唇の果実」とは「賛美のいけにえ」のことであると言っています。

ダビデは言いました。

詩篇34:1
私はあらゆるときに 主をほめたたえる。私の口には いつも主への賛美がある。

「あらゆるとき」とは、順調なときだけという意味ではありませんね。

逆境の時も、嫌なことがあった日も、病気になったときも、何かを失った日も…

私たちの口には「いつも主への賛美がある」のです。

なぜなら、唇の実を「創造」されるのは、主ご自身だからです。

「癒された者」のしるしとは「唇の実」が創造されることです。そして、それこそ「ペンテコステの日」に起こったことです。

それは「超自然的な御力による実」です。

つまり、私たちは「あらゆるときに」「どんな状況にあっても」賛美することができるのだということです。

それが、賛美が「感情によるのではない」と言われる理由です。

今の自分には、絶対に賛美なんかできないと思うとき…

疲れ果て、自分の力では「ことば」を発することすらできないと思うとき…

「唇の実を創造される方」を見つめなさい。

混沌として何もない地から「非常に良い」ものを創造された方が、今、あなたの口に触れてくださいます。

すべてをゆだねるなら、あなたも「唇の果実」を結ぶことができます。

イザヤ57:19
私は唇の実を創造する者。平安あれ。遠くの者にも近くの者にも平安あれ。わたしは彼を癒す。
ー主は言われるー

あなたが「唇の実」である賛美に満ちるなら「主の平安」を体験します。

「あらゆるとき」に賛美をささげるならば、必ず「平安」に包まれるのです。

創造主である方をほめたたえます
私の口に「賛美の果実」を創造してください
あらゆるときに「賛美」をささげさせてください