2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.586 宝のそばに「心」があります

見上げる犬

マタイ6:21
あなたの宝のあるところ、そこにあなたの心もあるのです。

宝は天にと言われるのです

イエス様は「宝」を持ってはならないと言われたのではありません。

あなたの「宝」があるところに、あなたの「心」もあると言われたのです。

「宝」とは何でしょう?

それは「大切なもの」のことです。それがあれば楽しいし、やる気も出ます。しかし、失えば生きていくことのできないものです。

「宝」のそばに「心」は、いつも共にあるのです。

イエス様は言われました。

マタイ28:20b
見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにます。

主は、いつも「あなた」とともにおられます。

つまり、主イエスの心はいつも「あなた」のそばにあるということです。

つまり、それは、あなたが「主の宝」であることを意味します。

ですから、主は、あなたのことを「地上に蓄える」ことはされません。

エペソ2:6
神はまた、キリスト・イエスにあって、私たちをともによみがえらせ、ともに天上に座らせてくださいました。

あなたは、すでに「ともに天上に座る者」とされています。

主は、あなたを天に「蓄えて」おられます。

コロサイ3:3
あなたがたはすでに死んでいて、あなたがたのいのちは、キリストとともに神のうちに隠されているのです。

あなたは、キリストとともに「神のうちに隠されて」います。

そこでは、もちろん「虫やさび」はつかないし「盗人に盗まれる」こともありません。

つまり、あなたは「安心安全」なのです。

主は、あなたを「ご自分のひとみ」のように守られます。

覚えてください。

イエス様の「心」は、常にあなたとともにあるのです。なぜなら、あなたは、主イエスの「宝の民」だからです。

では、あなたの「宝」は何でしょう?

あなたの「宝」はどこにありますか?

あなたの「心」は、何とともにあるのでしょう?

あなたはいつも何に目を注いでいるでしょう?

あなたが「絶え入るばかり」に慕い求めるものは何でしょう?

詩篇27:4
一つのことを私は主に願った。それを私は求めている。私のいのちの日の限り 主の家に住むことを。主の麗しさに目を注ぎ その宮で思いを巡らすために。

願わくば、私の心がいつも「キリストにはかえられません。世の何ものも」と言いますように。

願わくば、ダビデのように「ひとつのこと」を切に慕い求めることができますように。

私を「宝」のように扱ってくださる方を、私も「私の宝」とすることができますように。

私は天上に座る者です
私は神のうちに隠されています
主よ、私の心はあなたとともにあります