2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.579 賢くしてくれそうで好ましかった その①

心を注ぐ

創世記3:6
そこで、女が見ると、その木は食べるのに良さそうで、目に慕わしく、またその木は賢くしてくれそうで好ましかった。それで、女はその実を取って食べ、ともにいた夫にも与えたので、夫も食べた。

エバは、神ではなく「賢くしてくれそうな実」を信じたのです

確かに、蛇の言う通りなのかもしれないとエバは思い始めました。

蛇は言ったのです。

創世記3:5
それを食べるそのとき、目が開かれて、あなたがたが神のようになって善悪を知る者となることを、神は知っているのです。

「神のようになりたい」と願うことは「罪」なのでしょうか。

「善悪を見分ける者になりたい」と考えてはいけないのでしょうか。

私たちは、神の似姿に創造されました。また、救われてて心に御霊を宿す聖徒は「栄光から栄光へと主と同じ姿に変えられていく」と聖書は言っています。パウロは、聖徒がみな「識別力」を持てるようにと祈っています。

では、エバの何が悪かったのでしょう。

アダムとエバの堕落の理由は「神ぬきで神のようになろうとしたこと」です。

つまり、神に依り頼むことをやめたことです。それは「独立」を意味します。

エバは「賢くしてくれそうな実」によって「賢くなろう」としました。そして、それこそがサタンと同じ罪なのです。

覚えてください。

人類が堕落したのは、嘘をついたからではありません。殺人という大罪を犯したからでもありません。酔っぱらったり、不道徳だったりしたからでもありません。それは、すべて堕落した後に起こったことです。

最初の人間が犯した罪は「不信仰」つまり「神に依り頼まなかったこと」なのです。

「賢くしてれそうな実」は、今の時代にも「そこかしこ」にあふれています。

サタンは今も「神ぬきで神のようになれる」と誘っています。自分で考え、自分の力で上ることができると言って来るでしょう。そして、それこそ「自由だ」と言うはずです。

確かに、世の中にあふれる「あらゆる賢くするもの」は、あなたを知者にするでしょう。確かに、あなたは「神のように」なれるでしょう。しかし、それは「この世の神」つまり「サタン」と同じようになるという意味です。

「不信仰」とは「神に頼らないこと」です。そして、それは「軽い罪」ではありません。それは「堕落の原因」となった深刻な罪です。

神に頼らず、神の栄光の似姿になることは決してできません。

外側から来るものは、あなたを賢くします。しかし、内側から溢れるものは、あなたを輝かせます。

私たちを主イエスの栄光の姿に変えるのは、ただ御霊の働きによるものです。そして、御霊は常にイエス様と同じ道に私たちを導きます。サタンは、私たちを自分と同じ道に導こうとします。

サタンは「賢さ」を強調しますが、御霊はときに「愚かさ」に導かれるように感じます。

しかし、そのようなときでも「神の善」「神の全能」を決して疑ってはなりません。

「賢くしてくれそうなもの」に依り頼むのはやめなさい。

それは「愚かだ」とささやく声を聞いてはなりません。非効率だ、もっと賢い方法があると敵は言って来るものです。

しかし、私たちは、主に依り頼むこと選びます。

私たちは、御霊に依り頼み「栄光から栄光へ変えられる」ことを信じて歩み続けましょう。

主よ、あなたに信頼します
「賢くなるもの」ではなく主に依り頼みます
十字架のかげにおらせてください