2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.559 臆病にならず、起き上がって命じなさい

飛び跳ねる

マルコ4:40
イエスは彼らに言われた。「どうして怖がるのですか。まだ信仰がないのですか。」

主が向こう岸へ渡ろうと言われたのです

イエス様が向こう岸へ渡ろうと言われたのです。

マルコ4:27
すると、激しい突風が起こって波が舟の中にまで入り、舟は水でいっぱいになった。

この「激しい突風」は相当なものでした。

経験豊かな漁師であった弟子たちが「死んでしまうかも」と思うほどの「突風と水」であったのです。

私たちは、このことから学ぶことができます。

イエス様が「渡ろう」と言われても「突風」は起こるのです。

つまり、神様の「みこころ」のうちを歩んでいても「死んでしまうかも」と思うような出来事が起こり得るということです。

イエス様は、弟子たちの呼ぶ声に起き上がり言われます。

マルコ4:39
イエスは起き上がって風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、すっかり凪になった。

ここから、もう一つ学べます。

イエス様は「風」と「波」を静めることがお出来になるということです。

つまり「突風」は起こるけれど、それを静める方がともにおられるなら「何の問題もない」ということです。

しかし、この物語で学ぶべき最大のことは、次の箇所です。

マルコ4:40
イエスは彼らに言われた。「どうして怖がるのですか。まだ信仰がないのですか。」

ここで「怖がる」と訳されている語は、原語では「臆病な」「小心な」という意味です。

イエス様は「怖い」と思うことを責めておられるのではなく、弟子たちの「臆病さ」を叱責しておられるのです。

愛する兄弟姉妹。

あなたが、御心のうちを歩んでいても「問題」は起こります。いえ、むしろ「御心のうち」を歩んでいるからこそ、敵は猛烈に邪魔をして来るのです。

予期せぬ出来事が起こったならば、誰でも「怖い」と思うでしょう。

しかし「臆病」になってはなりません。

イエス様は「臆病」であることを叱責されます。なぜなら「臆病である」ことは「信仰がない」ことだからです。

イエス様は「突風」が起こったとき「慌てふためく弟子」を求めてはおられません。

主は、ご自分のように起き上がり「黙れ、静まれ」と命じることのできる弟子を求めておられます。

「突風」のような問題が起こったならば、誰でも「怖い」と思います。しかし「死んでしまう」と大騒ぎしてはなりません。

あなたは「みこころ」から離れたわけではないし、内にイエス様がともにおられます。

Ⅰヨハネ4:4
子どもたち。あなたがたは神から出た者であり、彼らに勝ちました。あなたがたのうちにおられる方は、この世にいる者よりも偉大だからです。

まず、自分の心に命じなさい。

「我がたましいよ、黙れ、静まれ。お前のうちにおられる方は、この世にいる者よりも偉大なのだ」

それから、起き上がり「問題」に対して権威を行使するのです。

あなたのうちにおられる方は「すべての権威を持っておられる偉大な方」です。

臆病になってはなりません。信仰をなくしてはなりません。

大胆に権威を行使する者でありましょう。

我がたましいよ、静まれ
私のうちには偉大な方がおられます
私はイエスの御名によっって勝利者です