2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.555 私は立ち上がり、立ち向かいます。

やるぞの気持ち

エステル9:1
第十二の月、すなわちアダルの月の十三日、この日に王の命令と法令が実施された。ユダヤ人たちの敵がユダヤ人を征服しようと望んでいたまさにその日に、逆に、ユダヤ人の方が自分たちを憎む者たちを征服することになった。

逆に「征服」することになります

エステルの命がけの嘆願は、クセルクセス王に受け入れられました。

ユダヤ人の敵ハマンの陰謀は暴かれました。ハマンは、自分が用意した「柱」にかけられ滅びました。

さて、めでたしめでたしと終わりたいところですが、そうはいきません。

ハマンが「王の名によって出した詔書」は取り消すことができないのです。ユダヤ人を「根絶やしにせよ」という法令は有効なのです。

つまり、せっかくハマンを滅ぼしたのに、このままではユダヤ人も滅びるということです。

エステルは、泣きながらクセルクセス王に嘆願しました。しかし、いくら泣いても、一度発布された法令を取り消すことは、王にもできないのです。

方法は「ただ一つ」です。

エステル8:8
あなたがたは、ユダヤ人についてあなたがたのよいと思うように書き、王の指輪でそれに印をしなさい。王の名で書かれ、王の指輪で印が押された文書は、だれも取り消すことができない。

「命令」には「命令」をです。

ハマンの出した法令が施行される「同じ日」に、ユダヤ人たちに「対抗せよ」という命令を出したのです。

エステル9:1
第十二の月、すなわちアダルの月の十三日、この日に王の命令と法令が実施された。ユダヤ人たちの敵がユダヤ人を征服しようと望んでいたまさにその日に、逆に、ユダヤ人の方が自分たちを憎む者たちを征服することになった。

「逆に」というのはエステル記のキーワードですね。

いのちを守るために立ち上がっったユダヤ人たちに、抵抗する者は誰もいませんでした。

愛する兄弟姉妹。

泣きながら「嘆願」しても何にもならないことがあると言ったら驚くでしょうか。

「主は必ず祈りにこたえてくださるのでは?」と不思議に思うでしょうか。

確かに、主は私たちを助けてくださいます。守ってくださいます。

しかし、同時に「立ち向かえ」と命じてもおられるのです。

私たちを責め立てる「債務証書」は釘付けにされました。

ハマンは「肉」の型です。あなたの「肉」は、すべて十字架につけられました。

しかし、だからと言って、サタンが黙って引き下がることはありません。あなたを滅ぼそうとする「敵の策略」は、今まさに実行されているのです。

敵は、あなたを責めることをやめないでしょう。

「主よ、罪悪感を取り去ってください。私は悔い改めています」と泣きながら、主に訴えても、敵が「ささやく」のをやめることはありません。敵は、あなたが立ち向かうまで責め続けるでしょう。

泣くのはやめて、今すぐ立ち上がりなさい。

そして、立ち向かうのです。我らの王であるイエス様の御名によって命令を宣言しなさい。

ヤコブ4:7
ですから、神に従い、悪魔に対抗しなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。

「立ち向かえ」とは、あなたに対する主の命令です。

私たちは、主の御前に嘆願します。

しかし、立ち上がり「立ち向かう」ことが必要な時もあるのです。

主の命令(みことば)を掲げて、立ち上がり、敵に立ち向かいましょう。

私は、主イエスの御名によって立ち向かいます
私は、敵の思うままにはなりません
主イエスの御名によって勝利を得ます