2025.12.20 岩に建てるシリーズ「終末の学び」を追加

No.538 私の嘆きは、主の御前に隠れてはいません

線路ワキの花

詩篇38:9
主よ 私の願いはあなたの御前にあり 私の嘆きは あなたに隠れてはいません。

それは「うめき」でした

ダビデの身に何が起こったのでしょう。正確には分かりません。

詩篇38:5~6
私の傷は 悪臭を放って腐り果てました。それは私の愚かさのためです。私は身をかがめ 深くうなだれ 一日中 嘆いて歩き回ります。

ダビデは何らかの「病」にかかっていたと思われます。そして、ダビデはそれを「自分の愚かさのゆえ」だと認識していたようです。

詩篇38:11
愛する者や私の友も 私の病を避けて立ち 近親の者でさえ 遠く離れて立っています。

ダビデのそばには誰もいませんでした。病のために誰も近寄って来ませんでした。ダビデはそれを「身体の距離」としてだけでなく「心の距離」として感じていたように思えます。彼らはみな「遠く離れて」立っているのです。

身体が病むと、心が弱くなりますね。しかし、いつものダビデなら、そのような「弱さ」は、主の御前に出て「弾き飛ばして」しまえたかもしれません。しかし、今回は、そうはできません。

なぜなら「自分の愚かさ」が原因ではなかろうかと狼狽えているからです。

今、ダビデは本当の孤独を味わっています。自分の「義」に立つこともできず、親しい人々は「遠く離れて」います。そして、ダビデの敵たちは「わざわいを願い求めて」いるのです。

詩篇38:8
私は衰え果て 砕き尽くされ 心もだえて ほえ叫んでいます

ダビデの苦悩の激しさが伝わってくるようです。ダビデは、ただ苦しみのあまり「ことばにならない叫び声」をあげるしかなかったのです。

しかし、ダビデの底力は、どん底のときにこそ発揮されるようです。彼は、ただ「主のご性質」に目を向けます。

詩篇38:9
主よ 私の願いはあなたの御前にあり 私の嘆きは あなたに隠れてはいません。

ダビデは、自分のことばにならない「嘆き」「うめき」は、主なる神の御前に「隠れて」はいないと言っています。つまり「明らかである」ということです。

主は、私たちが何を望んでいるのか知っておられます。何を求めているのか知ってくださっています。どのような状態なのか、どのような痛みを抱えているのか、すべてご存知なのです。

敵はもちろん、親しい人すら「遠く離れて」いると感じることがあるでしょうか。

自分の愚かさを突き付けられて、御前で「祈りのことばを失う」ようなことがあるでしょうか。

あえて言うならば「衰え果て、砕き尽くされ」ることは幸いです。

私には、自分の「ことば」すら失って、ただ「主イエスの血」によってのみ御前に出るということが必要なのです。上手に祈ることができなくても、ただ「うめき」ながら御前にひれ伏すことが、ときには必要なのです。

主の御前に、あなたの「嘆き」は隠れていません。あなたの「うめき」を主は聞いておられます。

出エジプト2:24
神は彼らの嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。神はイスラエルの子らをご覧になった。神はみこころに留められた。

ただ御前にでましょう。主イエスの血のみを携えて。

主は、あなたの嘆きをも聞いてくださいます。主は、あなたをみこころに留められます。

あなたの「嘆き」は、主の御前に隠れてはいないのです。

主はすべてを知っておられます
私の嘆きは隠されてはいません
私の願いも隠されてはいません